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2019年 06月 15日

国鉄時代の気動車改良について

久々に投稿させていただきます。
今回は、国鉄時代(昭和57年)に、国鉄が保有する気動車の燃費改善対策として、気動車のエンジン改良工事が行われたとされています。
記録では、新型気動車の開発が進められているが、それとは別にキハ40系に搭載されているDMF15HS系エンジンを直噴化改造+電子ガバナ方式に改造して18%の燃費が改善されたと言う記録が書かれています。

はじめに
国鉄形の気動車エンジンは、DMH17形が代表されるエンジンでしたが、これらは予燃焼室付きと呼ばれるエンジンでした。
シリンダの上方に小さな予燃焼室というものを設けて、そこで燃料を噴射して小さな爆発を起こして、そのまま下のピストンに伝える方式でした。
下図参照(図1)

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図1
鉄道車両特論 交友社 第4章 内燃動力車から引用

低温時など始動性が悪かったディーゼルエンジン
日本船用機関学会誌 「ディーゼル機関の始動性に及ぼす予燃焼室の影響」という論文では、予燃焼室の問題点として下記のように指摘されています。
2)予燃焼室式と直接噴射式との燃焼室を比較した場合、予燃焼室式の場合は燃焼室表面積/行程容積がほぼ予燃焼室の分だけ大きくなり、前項同様、圧縮温度を低下させる原因となる.したがって、一般には、圧縮比を高くとることにより、始動性を改善せざるをえない.
と書かれていますが、鉄道車両エンジンも同じで、低温時の始動性が悪くなり、最悪エンジンが起動する前にバッテリーが上がってしまうとして、て寒冷地では夜間滞泊の気動車は仕業終了後もアイドリングをさせておいて、エンジンが冷えて動かなくなること避けていました。
知らない人から見れば、国鉄は赤字なのに夜間もエンジンを回して怪しからんとなったのでしょうね。
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さて、国鉄ではデイーゼル機関の改良を図ることとなり、昭和57年に、「ディーゼル車における省エネルギー」と題して、交通技術という雑誌にキハ40で使用されているエンジンを改造して、直噴化したエンジンに改良したという記事が有りましたので簡単に解説などを加えながらお話をさせていただこうと思います。

DMF15Hエンジンの直噴化改造、その背景

記事の引用元は、国鉄の部内誌交通技術の1982年8月号です、ここで新急行気動車用機関として試作を進めているDMF15HZBと有りますが、このエンジンは、コマツが開発した建設・産業機械用の高速エンジンSA6D140エンジンを鉄道車両用に横型化したもののようで、国鉄の財政悪化などの影響もあり、国鉄時代には採用されず、最初に採用されたのは1992年で、JR北海道キハ150形気動車に初めて搭載されたとされています。
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キハ150-0番台 画像wikipedia

昭和57年当時の車両の省エネルギー施策は下記のように、エンジンの効率化、車両負荷の低減、廃エネルギーの活用等が研究されていたようです。
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図2
交通技術1982年8月号から引用

エンジンを直噴化することで、燃費の向上(予燃焼室式機関と比較して約10%燃料消費率(1時間・1馬力あたりの燃料消費量)が良くなります。)として、国鉄の財政改善に役立つとされていました。

直噴化エンジンは、寒冷時の始動性は良くなりますが、爆発圧力が高くなり、振動・騒音が大きくなる欠点があったため、高速運転の車両などではふりとされていました。図1 (a)のタイプ
その後の技術開発で振動・騒音の低いものが開発され、大型自動車や小型漁船にも使用されるようになってきたとされています。

記事によりますと、
「高圧で燃焼室に直接燃料を噴射するとともに、吸気によるスワール(燃焼室内での空気の旋回流)を利用する必要がある。このため、ピストンヘッドを皿形に加工しこれを燃焼室として使用する。」

と書かれており、ピストンヘッドを改造して凹みを作り燃焼室代わりにしようという仕様であることが理解できます。
内燃機は専門ではないのでこれ以上の言及は避けますが、エンジンの排気の流れやバルブの位置などの違いにより燃焼室の形状も大きく変わる等と書かれています。
この辺は、また機会があれば調べて見たいと思いますが、もう少し時間がかかりそうです。

改造車では、燃費の改善を確認

キハ40型機動車を直噴化改造して試験が行われたとして
記事によりますと、下記のように書かれています。
少し長いですが、全文引用したいと思います。

( 2) 直噴機関による省エネルギー

i )燃料消費率の向上第1図に57年度技術課題で現車試験を計画中のキハ40系用直噴化改造機関DMF15HSA-DIの性能曲線を示す。図中EGは電子ガパナを示し、参考にDMF13S(キハ37などで採用されたエンジン)の性能を示す。ただし、技術課題での現車試験では電子ガパナと併用で検討を進めているため、電子ガパナによる制御を行った性能曲線となっている。このため燃料消費率は168g/PS・h(1600 rpm)となり、DMF 15H S Aの192g/PS・hより約12%向上しており、走行シミュレーションでは約18%の動力費の節減が確認されている(なお本文中での走行シミュレーションは平坦・直線・5 km ・3両連結・運転時分一定で行っている)。しかし、電子ガパナを使用せず、噴射時期の切換を現状の二段切換式で行えば、機関回転速度1200 rpm~1300 rpmで最高爆発圧力(Pmax)が高くなる。このため改造を燃焼システムのみに限定し、クランク軸をそのまま使用するDMF 15 H SA-D Iでは、電子ガパナを使用しなければ、燃料消費率は172g/PS・h(1600 rpm)程度となり、走行シミュレーションによる動力費の節減効果は12%程度となる。
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ということで、国鉄では電子ガバナとエンジンの直噴改造で18%の燃費が改善できるとしています。
国鉄時代の記録として知っていただければ幸いです。


by blackcat_kat | 2019-06-15 12:40 | 気動車
2019年 05月 02日

これからの車両を考える 気動車編 【交通技術の記事から】

引き続き、これからの車両を考えるとい言うタイトルで、交通技術の記事から、本文を引用しながら解説を加えさせていただこうと思います。
国鉄では、エネルギーの高価格時代に入ったとして、省エネルギーを前面に出した内燃機関の製作などを強く意識するようになります。
ディーゼル車両のエネルギー効率は、電気車両と比較して、前提条件が同じなら、一般に言われているほどには、トータル効率としては現状でも悪くない
恐らく、電力の効率は70%程度と言われていますが、ここには、発電時のエネルギーコストが含まれておらず、液体式気動車の場合も純粋に液体変速機から取り出される出力を引き出したら、さほど変わらないのではないかという意味で言ってるかと思われます

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デイーゼル車両に対する基本的な考え方
さらに、ディーゼル機関の直接噴射化や、燃料噴射装置の改良(電子ガバナ)の導入を上げており、さらなる省エネルギー性を求めるとしています。
以下に、本文から引用してみたいと思います。
1 今後のディーゼル車両の課題
今後のディーゼル車両の諜題として、気動車の接客設備の改善・適性化や乗り心地の向上も重要であるが、これらについては電車の項と重複するので割愛し、ディーゼル車両面有の技術開発を含む省エネルギーと省力化について紹介する。
1) 省エネルギー化を目指して(別表)エネルギーの高価格時代に入ってエネルギー効率の良否が、今後とも交通機関として生残れるかどうかの重要な決定要素となりつつある。ディーゼル車両のエネルギー効率は、電気車両と比較して、前提条件が同じなら、一般に言われているほどには、トータル効率としては現状でも悪くないが、さらに効率向上を目指して技術開発を進めていく必要がある。
ディーゼル機関の直接噴射化による省エネルギー化計画については、昭和58年度までに実用化したいと考えている。
燃料噴射時期の適性化による省エネルギー化は、燃焼改善によって燃費を向上させようというものであり、ハード的にはすでにDD14 (ロータリ一式除雪用DL) で、電子燃料制御装置を開発しており、これを応用し、来年度には耐久試験に入り、実用化に持っていきたい。
経済的にベイするならば、既在の車両へ改造工事による取付けも考える必要があろう。
とも書かれていますが、国鉄時代にキハ47で直噴化改造の試験が行われています。
これにつきましては、交通技術昭和57年8月号に「ディーゼル車における省エネルギー」というタイトルで以下のように記されています。
再び引用させていただこうと思います。
専門用語も多く難解なのですが、電子ガバナ+直噴式でかつ、新設計のエンジンでクランク角度などを適切にできる新設計ではかなりの低燃費化が期待できるとされています。
キハ37で採用されたDMF13Sが直噴式で登場したのはご存じのとおりです。
( 2) 直噴機関による省エネルギー

i )燃料消費率の向上
第1図に57年度技術課題で現車試験を計画中のキハ40系用直噴化改造機関DMF15HSA-DIの性能曲線を示す。図中EGは電子ガパナを示し、参考にDMF 13Sの性能を示す。ただし、技術課題での現車試験では電子ガパナと併用で検討を進めているため、電子ガパナによる制御を行った性能曲線となっている。このため燃料消費率は168g/PS・h(1600 rpm)となり、DMF 15HSAの192g/PS・hより約12%向上しており、走行シミュレーションでは約18%の動力費の節減が確認されている(なお本文中での走行シミュレーションは平坦・直線・5km・3両連結・運転時分一定で行っている)。しかし、電子ガパナを使用せず、噴射時期の切換を現状の二段切換式で行えば、機関回転速度1200rpm~1300rpmで最高爆発圧力(Pmax)が高くなる。このため改造を燃焼システムのみに限定し、クランク軸をそのまま使用するDMF15HSA-DIでは、電子ガパナを使用しなければ、燃料消費率は172g/PS・h(1600rpm)程度となり、走行シミュレーションによる動力費の節減効果は12%程度となる。しかし、新設計機関を前提とすれば、クランク軸の新設計も可能であるので、直噴化による動力費の節減効果は14~15%と考えられる。
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さて、堅い話はこの辺までとして、国鉄が当時考えていた気動車の形は、「新形式ディーゼル車両(急行用DC、大型DLなど)に適用していくとともに、車両の軽量化・小型化による省エネルギー化は、その車両の使用目的、運転条件によって大きく変わるので、一概に言えないが、今後は軽量ステンレス化、アルミ化の方向であり、輸送密度の低い線区での車両は、従来の20m車体にこだわることなく、小型化を指向すべき時期にきている。」
として、ステンレスや、アルミ車体の気動車誕生を予測している他、地方ローカル線では、小型化も考えられるとしています。これが、国鉄末期に投入された、キハ31やキハ32で具現化されたと言えそうですね。

下記のように記されています。
2 具体的な車両について
1) 新形式急行気動車(!ill]図)現在、急行用気動車は、キハ28・58など約1800両が稼動しているが、経年20年に達するものも現われ、老朽取替時期をこれから迎えようとしている。今後のディーゼル急行車両は、特急列車の走らない非電化支線区における優等列車用を中心として、相当両数のニーズが見込まれるので
  1. 省エネルギー化
  2. 省力化
  3. 製作コストの低減
  4. 台車走行性能向上
  5. アコモの近代化
のような基本的な考え方で開発していきたい。
として、下図のような
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ステンレスの車体による急行用気動車で、エンジンは直噴式電子ガバナ方式が誕生するのではないかと書かれています。
その反面、ローカル線に関しては下記のように、思い切った変更を図りたいとしています。
2) 軽快気動車一般形気動車として、現在キハ40・47系が量産化されているが、より経営環境の厳しい線区に適した構造・性能を持つ、一般形気動車を検討している。今後とも引き続き国鉄が運営を行っていくローカル線用の気動車として、車両費の削減、運営経費の節減を目的としたものである。したがって、思い切った発想、たとえば、17m車長、小断面車体、廃車発生品の転活用、耐用年数の見直し、自動車用部品の活用など、現在、総合的に検討している段階である。鉄道車両としてのイメージ(たとえば2軸ボギー車であること)を最小限に残しながら、国鉄経営に資する車両を開発したいと考えている。
としており、こうした内容が凝縮される形で誕生したのが、キハ31であり、キハ32であると言えそうです。
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JR九州に投入されたキハ31
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JR四国に投入されたキハ32

参考:併せてごらんください




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by blackcat_kat | 2019-05-02 22:43 | 気動車
2018年 10月 11日

気動車発達史 番外編 気動車寝台

寝台列車の常識を変えた、電車寝台

国鉄形の代表する電車として、寝台電車583系を御存じの方も多いかと思います、昭和42年10月改正誕生した寝台電車で、昼夜ともに走行できるように考えられた列車でした。
昭和40年代は、高速道路も開通しておらず、新幹線も東京~大阪間しか開通しておらず、長距離の移動も鉄道が主流でした。
寝台列車の需要も多いのですが、寝台列車はその性格上、昼間は客車区で留置せざるを得ず極めて効率の悪いものでした。
そこで、昼間も運転することで車両の使用効率を高めることを目的として開発されたのが581系電車でした。当初は、急行で検討されており、153系500番台の前頭にナハネ10を合成したようなイメージの車両で計画されたそうです。
その後検討段階で、急行だと折り返し時間に支障が生じることが判明したため、特急で運用することとなったそうで、その際従来の発想に捕らわれない形で計画されたのが581系でした。
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1等B寝台(A寝台開放式)を3段化した上で特急列車の昼行列車にも使用しようというもので、夜間の3段寝台は天井高さは圧倒的に低くて圧迫感はありましたが、下段で1m、中、上段で70センチメートルのベッドは快適で、浴衣も付くと言うことで、客車寝台よりも高めの設定でしたが、好評であったと言われています。

電車や気動車の寝台列車は、いつ頃から構想としてあったのでしょうか?

寝台電車構想は、いつ頃から有ったのでしょうか。
少し気になりましたので、調べて見ますと、昭和36年2月の交通技術という国鉄部内誌に次のような記述がありました。
昭和36年2月号 交通技術と言う雑誌の「車両運用の話」というタイトルで、気動車運用の向上に関する2~3の考察として、「夜行列車への使用」という記述が見られます。
少し長いですが、引用させていただきます。
iv)夜行列車への使用
気動車は支線区が多いため、夜間はほとんど滞泊の状態であるから、この時間帯を有効に使用できれぱ運用効率がよくなることは明らかである。現在、2,000両あまりの気動車を保有しながら.午前2時現在、運転している気励車列車は、広鳥~米子間の準急「夜行ちどり」号と、新宿~松本間の準急「第2白馬」号の2往復気動車として約20両にすぎない。これは、いままでの通念として、気動車は騒音が高いため夜行列車への使用は不可能とされているので、実際に使用するとなると、ちゆうちよされている場合か多い。しかし実際には。停車中の機関アイドル運転にいくぷん難があるとしても。走行中の騒音は電車に比較して。ほとんど差違はないのである。
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交通技術 昭和36年2月号から引用
これによりますと、「停車中は騒音や振動に難があるが、走行中は電車とさほど変わらない」として、可能性に言及しています。
もちろん、これは技術者の妄想の段階をでていないと言えるわけですが、昭和38年4月には、実際に気動車を利用して寝台気動車の計画がなされていたのでした。

電車寝台以外にも、気動車寝台も研究されていた?
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キハ52 画像 wikipedia

実は、昭和38年4月に、盛岡機関区所属のキハ52-107号車に改造を施したそうで、寝台間仕切りも仮設【ナハネ10タイプ】されていたと、鉄道ファン昭和38年7月号に出ていました。
これによりますと、寝台気動車を開発が目的と言うよりも、新構想の機関支持装置を使って優等気動車の乗り心地改善などを目的として計画されたものだと書かれています。
ただ、寝台列車への可能性もあったからか、室内には寝台を一区画だけ仮設しています。
なお、改造された当該車両と、一般車両を連結して乗り心地や振動などを比較するとされていました。

なお、試験日程は、4月15日、22日は盛岡工場で実施され、走行試験は4月16日、17日、23日の三日間、橋場線【現・田沢湖線、盛岡~雫石間】で運転されたと記録に残っています。


これによりますと、機関変速機を車体から切り離して中空に浮かせるようにするとともに、推進軸の応力を打ち消すための推進軸の下に軸を新設したと書かれています。下写真参照
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推進軸上の円柱状のものが変速機を支える懸架装置

車内の写真は下記の通り、寝台区画をイメージさせるために寝台のセットが作られています。左側上に上段?【中段】のベッドがチラッと見えます。
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屋上に放熱器が設けられており、その後キハ90などにも踏襲された。屋上放熱器が設けられています。
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いずれも、鉄道ファン昭和38年7月号【25号】から引用

記事では、貴重なデータを得られたと書かれていますが、実際には気動車寝台列車は誕生しなかったことを考えると余り成功とは言えなかった、のではないでしょうか。

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by blackcat_kat | 2018-10-11 23:25 | 気動車
2018年 06月 08日

気動車発達史 27-2 アルファコンチネンタルエクスプレスの話

久々に気動車発達史をアップしたいと思います。
国鉄末期にキハ28・58形を改造したアルファコンチネンタルエクスプレス(キハ59・29)に関するお話です。
アルファコンチネンタルエクスプレスは車両もさることながら、その販売方法はギャランティ方式と呼ばれるものが導入されました、この辺は技術的な部分とは外れますので詳細は省略しますが、買い上げ運賃のうち、国鉄側に不足が生じた場合はホテルがその不足金を充当するというもので、金額にして約7300万円であり、これは、昭和60年12月21日~61年4月13日までの期間の114日間、座席定員の80%に相当する額となっており、当然のことながら利用者が多ければ、国鉄にはプラスになるように考えられていました。
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ギャランティ方式の概念

実際には、大好評でキロ29を急遽追加で外観だけ塗り替えて投入しましたが落差が既存の車両と落差が大きいとクレームの元となり追加で1両改造されたのはご存じの通りです。

改造車として秀逸だった車両
キハ59・29は、キハ56・キロ26を種車として、が昭和60年未に誕生しました。
改造は、苗穂工場が担当し、詳細設計を含めて約4ヶ月で完成させたとされており、昭和60年12月21日から運転を開始しています。
従来の国鉄型と比べると下記のような大きな特徴がありました。
  • 前方展望室としたこと
    パス等とはひと味違った前方景観楽しんでもらうと同時に、運転しているようなダイナミックな気分にひたってもらおうというもので、国鉄としては初の試みでした。
  • 眺望性をできる限り広げるため、来務員室と展望室をオーフンタイプとしたこと
    客室からの音、光の反射などが懸念されたが、業務に支障をきたすものではないと実証されました。
  • 専用の荷物、スキー置場を客室と分離して設けたこと
    これは室内居住性を高める上で大いに役立ちました。
改造の概要
なお、車両の特徴としては、先頭から1/3程度を切断して新しい構体を別途取り付ける方法tなっていました。
前面の展望席は、床面から約60cm嵩上げしており、固定式の座席が3列、12人分設置されています。
なお、眺望を確保するため、後方に向かって5cmずつ高くなるように配慮されていたそうです。
又運転席との仕切りは、5mmのガラス窓のみとしており、後方からの眺望を極力妨げない工夫が施されており、夜間運転時などは、運転台直上に設けられた遮光カーテンを閉めて室内からの映り込みが無いように配慮されていました。
車両定員は3両編成で156名。各車両52人で統一、一般座席は従来の床面から座席は17.5cm嵩上げされたハイデッカーとなり足下の暖房管を隠す形となりました。
シートピッチは960mmで当時の183系気動車よりも200mm広くなっていました。
なお、内装については従来の発想に囚われず。住宅用に使われる素材などを試用したとされています。
こうした思い切った発想が、その後のJR発足後の車両に活かされたと言えそうです。

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by blackcat_kat | 2018-06-08 00:09 | 気動車
2018年 05月 21日

気動車発達史 26 キハ38形 通勤形気動車

キハ38誕生の背景

キハ28が計画された背景には、ローカル線の廃止問題が絡んでいました、昭和58年には、ローカル線の基本仕様と言うべきキハ37が製作されました。
この車両はよく考えられていて、片運転台ですが、運転台後ろに出入り口があり、反対側は少し中心よりにドアが設けられており、将来ワンマン運転にも配慮された車両であり、窓割りもキハ40系列に準じており、クロスシートに置き換えることも容易な構造となっていました。
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キハ37形気動車

ただ、現在キハ35が活躍している線区、【八高線】のように非電化区間ではあるが相当数の需要がある路線でキハ37を投入するのは難しい。(八王子駅 - 高麗川駅間が電化開業は、1996年3月16日)さらに、キハ35初期車が経年でにより老朽化しており、更新の時期を迎えていたこともあり、キハ35の改造名義で各国鉄工場で製造されることになりました。

キハ38製造に当たっての理由が、国鉄の部内誌交通技術、昭和61年2月号(1986)に書かれていましたので、長いのですが、全文引用させていただきます。

キハ38形式が製造された背景について資料引用【交通技術資料から抜粋】

一般形気動車の老朽対策として、設備水準の高い急行形気動車のうち比較的経年の若い事両を対象として、特別保全工事による延命を図っているところであり、約900両を数える最新形式のキ〆40系と合わせて、当面約1500両のー般形気動車は確保できる見通しである。しかしながら、これらの形式はいずれも、片側2扉で座席配置もクロスシートまたはセミクロスシートであり、主として大都市近郊区間で使われている3扉・ロングシートのキハ35系については、代替車となり得なない構造であった。
また同時に、こうした3扉車が運行されている線区は、今後とも鉄道輸送の使命が残る線区であり、さりとて近い将来に電化も見込めないことから、何らかの老朽車両対策が必要となっていた。
そこで、一般形気動車の前給見通しが不明確な状況ではあったが、手戻りのない範囲として、また、優先順位の高い分野として、3扉・ロングシートの一般形気動車の取り替え用に、キハ37形式を基本としたキハ38形式を開発することとした。
なお、製作にあたっては、緊急の課題である設備投資の抑制と余剰人員の活用を図るため、キハ37形式で行った発生品活用の考え方をさらに徹底し、原則として老朽化した車体のみを新製して、主要な機器は再用する「車体更新改造」によることとした。
この車両の特徴は、液体変速機なども廃車発生品を流用したほか、側窓などにはバス用の汎用品を用いるなど、大幅なコストダウンを図ることを目的とており、国鉄工場の技術力維持のため5カ所の工場(大宮工場、郡山工場、長野工場、幡生車両所、鷹取工場)で7両が製作されました。
過員対策としても、行われたと書かれている点が時代を感じさせます。
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キハ38形気動車
キハ38形気動車の主な特徴

さて、キハ38形気動車の特徴を再び交通技術から引用させていただこうと思います。

  1. 片側3扉両開、ロングシートの通勤タイプとするが、性能・構造ほキハ37形式を基本としさらに徹底的な従来部品の再活用を図る。
  2. 機関は、今後の使用を考慮し、性能、燃費、重量、修繕費等を総合的に検討した結果、DMF13系機関とするが、室内騒音の低減を図るため、縦形とする。
  3. パス等の他輸送機関に対抗できるだけのサービスを提供すべく、冷房を装備する。
    なお、冷房装置には市場性の広いパス用クーラーを保用し、新製費を低減するとともに、1両単位での冷房を可能にする。
  4. 側引き戸は、キハ35系の外吊り式をやめ、戸袋万式とする。
    なお、一般形気動車で盲は従来、冬季、単線区間での対向列車の待ち時間等を考慮して、半自動ドア(聞きは手動、閉じは自動)としてきたが、キハ38形式では、扉付近の内外に開閉用のボタンを設け、停車中は来降客が、必要により押しボタンを押すことで、楽にドアの開閉ができるように改善した。
  5. 最低2両での運行を想定して、片運転台とじたまた、便所は2両に1カ所の割合で設けることとし、便所の有無で番号区分を行っている。
    キハ38   0代   便所あり
    キハ38  1000代  {更所なし
  6. 席配置は縦形(ロングシート)であるが、簡素な構造ながらもパケットタイプの区分座席とする予定で、暖色系の色彩とともに、温かい居住空間を目指している。
  7. 外観は斬新な前頭形状を採用し、外部塗色についても、従来のイメージを一新すべく検討中である。
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なお、キハ35形では強度の問題で外吊り式引き戸を設けていましたが、キハ38形では、多少の補強を行えば、3ドアでも大きな問題にならないとして、従来型の戸袋方式に戻りました。
また、八高線のキハ35で半自動ドアのボタンが試行されていましたが、キハ38では本格的にドア開閉用のボタンが採用されサービスが向上しました。
また、一般気動車としても初めて冷房装置が装備されることとなり、1台で最大2万6000kcal/hの安定した冷房能力の得られるサブエンジン方式のAU34形冷房装置を搭載されました。
ただ、これでも冷房能力は不足気味のため扇風機を併用することとすると、当時の資料を参照すると書かれています。

キハ37同様、量産に移ること無く、現在は廃車され、1両は水島臨海鉄道で活躍しているのはご存じの通りです。

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by blackcat_kat | 2018-05-21 11:13 | 気動車
2018年 04月 28日

気動車発達史 24 新系列一般型気動車 キハ40系列

新国鉄標準気動車キハ40系
昭和50年3月に登場したキハ66・67形気動車は転換クロスシートを装備した意欲的な気動車であり、計画では新潟地区など10だ気動車が集中的に配備されている地域などの置換えも視野に入れているとのことで、試作的意味合いを込めて30両を集中的に筑豊地区に投入したとされていますが、冷房装置搭載による重量増と、国鉄の財政悪化も重なり、結果的にはキハ66・67は増備されず、他の線区への投入は見送られることとなりました。
しかし、キハ17に代表される10系気動車は老朽化が著しく、小さな車体の居住性も劣ることから、新たな一般気動車が必要となり、新たに設計されたのがキハ40系列の車両でした。
DML30HS系エンジンと付随車を繋ぐ方式は必ずしもローカル線では有利といえず、キハ90で試作したDMF15HSAエンジンを再び動力車用に使うこととなり、出力を220PS迄下げることで安定性を高めることにしました。
キハ40系気動車の特徴
エンジン自体は、DMF15HSAですが、部内誌を見ますと、キハ66・67のエンジンと相当部分で互換性を持たせたとされています。
交通技術、昭和52年3月号の記事を少し引用させて頂きます。
DMF15HSADMF15HSA形と称するこの機関は、主機関附属装置を含めた機関の全体的構成は客車用電源機関であるDMF15HS-G (230PS/1800rpm)と似ているが、構成する部品の多くはキハ66・67に使用のDML30HSH形(440PS/1600rpm) と互換性をもたせてある。
と書かれています。
キハ66・67と部品を共通化することで、保守合理化は図れたと言えそうです。

なお、キハ40系列は、キハ10系客車の置換えをの念頭に置いていることから、
片運転台
キハ47→キハ45をベースに製作
キハ40→キハ24をベースに製作
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最初に製作されたのは、暖地向けのキハ47と酷寒用のキハ40形でした。
以下に、キハ40・47形の基本的構想を記します。
  • 昭和50年に製作されたキハ66・67の経験を取り入れるとともに、部品の共通化をはかる
  • どのような線区でも運転できるように、居住性は改善しつつも車両全体の軽量化をはかる。
  • 在来車と自在に混結運転ができるようにするため、運転操作は従来車と全く同一。
  • 暖房効果を高めるため、温水暖房をやめ、強制熱交換による集中温風暖房方式に変更。
  • 軽量化と機器の簡素化のため冷房装置は省略、扇風機のみ設置
  • 車体は難燃化構造
  • 黄害対策として汚水処理装置の取付け準備工事
  • 踏切障害に備えて車体の前面強化を行うとともに、客室及び乗務員室の環境改善並びに居住性の向上をはかる。
  • 保守の省力化(点倹の省略・簡易化、部品交換の省略・簡易化)推進
  • ディーゼル機関は定絡を220PS/1600rpmとし、公認定格出力に対して12%の余浴をもたせる。
  • 液体変速機はキハ66・67に使用している DW9形をサイズダウンしたものを使用する。

重装備な車両
キハ40系列は、客室及び乗務員室の環境改善並びに居住性の向上をはかる。と共に、保守の省力化(点倹の省略・簡易化、部品交換の省略・簡易化)が図られた車両でした。
車内は、キハ45の1400mmのシートピッチは再び1470mmとされ、当時製造されていた113系や115系のシートピッチ拡大車と同じ同じとなりました、また運転台が急行形車両並みに広いのもこの時期の車両の特徴でした。
なお、エンジン定格出力より低めに設定して、保守の省力化に徹した結果、故障の少ない車両となりました。
特にキハ40では北海道向けの耐寒耐雪装備の他に、空気バネが採用され、軸ばねにも着雪を防ぐためゴムで巻く等の対策が取られており、温風暖房方式に採用で外気温-30°でも室温は22°~27°を保てたと記されています。

エンジン出力は220PSになったものの、実際の加速力は従来の車両とほぼ同じという結果が、同じく国鉄の部内誌、交通技術の昭和53年6月号の中で述べられており、その理由として補機類の負荷が大きいこと。前面強化等による車両重量の増加が原因と考えられる他、変速機の特性上で低速域で遅くなるのもその原因かと思われると書かれています。
さらに、過給器付であるが、過給器が動作するまで10秒程度のタイムラグがあるとも書かれており、そうしたことがキハ40系気動車が鈍重であると言うイメージを作っていると言えそうです。
当時の資料からその辺を引用させていただきます。
3) 車両加速力
性能試験結果から動輪周引張カは計画通りであり、加速力は同一動輪径では従来車と殆ど差がない。キハ40,47形式車の機関出力が従来車より太きいのにかかわらず加速力がほぼ同一であるのは、暖房用等の補機馬力が大きいこと、前面強化等車両重量の増大等によるものである。ただし、新形式車の液体変速機はl段3要素形であるため、変速運転の低速域では従来車に比して引張力は若干劣るが、中速域ではやや優れている。
また、新形式車の機関は過給機付きであるが、ノッチアップしでも過給機回転が追従せず
、機関が正常な出力を出すまでに約10秒を要する。このために、従来の無過給機関付きに比してスタートダッシュが悪いことは事実であるが、高出カ化のために過給機付きとせざるをえないわけで、この程のことはある程度は避け得ない。
変速から直結に切りかえた直後の加速力は3.2の改良により約14%向上する。
引用終わり。交通技術昭和53年6月号
JR化以降も主力車両として
キハ40系列車両は、JR化後もエンジンの換装などで引き続き使われることとなり、JR東海を除き、現在でもその活躍範囲は狭められつつあるとは言え、JR各社で活躍しているのはご存じの通りだと思います。
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姫新線で使われていた頃のキハ47、姫路駅にて

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by blackcat_kat | 2018-04-28 23:30 | 気動車
2018年 04月 21日

気動車発達史 23 10系気動車置換えの汎用気動車 キハ66・67

キハ10系気動車の置換え用として
国鉄用気動車は、昭和40年代前半まで新製が続きましたがその後は電化の進展などによる配点で賄われてきたこともあり、本格的な近郊形として開発されたキハ45も100両程で製造は中止されてしまいました。
無煙化の立役者となった10系気動車も、その後誕生した気動車と比べるとその居住性は劣り、老朽化と相まって大変見劣りしていました。
そこで、置換えを考慮して新設計された気動車が、キハ66・67でした。
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画像 wikipedia
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交通技術 昭和49年7月号から引用
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交通技術 昭和49年7月号から引用
新幹線連絡としてふさわしい車両として
キハ66・67形気動車は、新幹線連絡を担う気動車という位置づけもあり、本社で検討された結果、普通列車用ではあるが快速や急行列車に使っても遜色がない車両ということで計画がなされました。
昭和49年から設計が開始され、開業前の昭和50(1975)年1月までに間に合わせる予定だったそうですが、実際には3月入ってから、それも30両が全車揃ったのは、3月31日だったそうで、その間一部の列車は運休をせざるを得なかった記録されています。

なお、車両は新製後直ちに、門司鉄道管理局管内の直方気動車区に配置されることとなりました。
この辺りの詳細は、直接気動車の発達とは関係ないので別の機会にお話をしたいと思います。
さて、元々キハ66・67形気動車は、新幹線連絡を兼ねて汎用的に使いたいということから、今までの車両と次のような点で異なっていました。

  • 普通列車用として初めて冷房装置を標準で装備した。
  • 転換クロスシートのセミクロスシートを採用した。(在来線の普通車では初】

これにより、快速や急行列車にも運用できる車両として位置づけられました。

また、車両の特徴を見ていきますと。

  • 夏期にエンジントラブルに巻き込まれたので、エンジンの改良を行い、440PS(425PSという記述の資料もあり)に出力を下げて安定性を図ることにしたDML30SHとしました。【改良点は、ガスケットを三気筒一体から一気筒ごとに変更としたほか、燃料噴射量を調整して連続定格出力425PSと比較的余裕にある使い方をするようにしたほか、液体変速機もキハ181などで使用した充排油方式ではなく湿式多板クラッチ方式に変更したとされています。
  • 暖房装置も電気式に変更された。
  • 2両1ユニットで運用【キハ66・67】することとした。
  • 他車との併結は考慮されている。
  • 空気ブレーキ装置は気動車で初めて三圧方式が取り入れられた
  • ブレーキはディスクブレーキではなく、従来型の制輪子を車輪に押しつける方式となった。
  • ディゼル発電機の騒音防止のため、機関カバーを取り付けた
  • 強制通風式のラジエーターを屋上に設置した。これに伴い、気動車として集中型が搭載された。
  • 運転台の位置が、更に上がり、貫通ドアと窓の位置が合わなくなった。【この高さは,その後キハ40系でも踏襲されることになる。
    これは、昭和49年に高砂向上で行った、ダンプと車両の衝突試験の結果からだと言われています。

DML30HSは出力ダウンして安定化
DML30HSエンジンは500PSの出力の反面、故障も多かったため、上記のとおりエンジンの改善を行った、ただし全長が変更されるなど、従来型のDML30HS系エンジンとの互換性は無くなったと言われています。

急行色をまとった近郊形
急行列車にも運用することを考慮して、標準急行色をまとった車両として誕生しました。
実際に、筑豊本線ローカル急行列車である「はんだ」および「日田」に使用されました。
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昭和50年の時刻表から、急行日田
(日田~湯布院間は、キハ58系とキハ66.67が併結運転していました)急行由布一号と連結されて走っていました。

なお、キハ66・67は一年間で稼働の様子を見てから量産する計画と書かれていましたが、残念ながら量産されたのは現在もJRで気動車の主力と?して残る40代気動車になるのですが、その編はまた次回とさせていただきます。

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by blackcat_kat | 2018-04-21 12:11 | 気動車
2018年 04月 17日

気動車発達史 22 高出力気動車再び キハ65系急行気動車

急行列車の冷房化推進
昭和40年代になると、生活水準は向上し、急行用1等車【グリーン車】も冷房化が進み、旧2等寝台のマロネ29やスロネ30と言った1等C寝台(非冷房車)も淘汰されており、引き続き急行用2等車の冷房化が計画されることとなりました。
しかし、ここで気動車の冷房用電源をどのように確保するべきかという問題が生じたのです。
特急気動車の場合は、キハ80系では、DMH17H-G形エンジンで発電して125KVAの集中電源装置で給電していますし、181系気動車ではDMF15H-G機関により150KVAの集中電源装置で編成全体の電力を賄うようになっています。
しかし、急行用気動車の場合、先行して1等車が【グリーン車】独自で冷房用エンジン(4DQ形ディーゼルエンジンを動力源とする25KVAに発電機)を搭載して自車を賄うようになっていました。
急行用気動車冷房化で困ったこと
そこで、2等車【普通車】の冷房化の場合は、1等車以外を冷房化することで良いと言うことになるのですが、キハ58の場合、エンジンが2基あり、新たに電源装置を搭載することが出来ません。そこで、1エンジンで床下に若干余裕がある、キハ28に発電セットを搭載すべく70KVA(4VK)の電源装置が開発され3両の給電が可能となりました。
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しかし、勾配線区を多く抱えるところでは必然的にキハ58の比率が高くなり、冷房化のためにキハ28と置き換えるとトータルの出力が低下してスピードダウンなどのもんだが生じてしまいます。
そこで、冷房化と高出力化の両方を満たすために、キハ65形が計画されることとなりました。

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キハ65の特徴
キハ65は、キハ58との併結を主な目的としていたため、制御機器もキハ91やキハ181のハンドル式マスコンではなく、従来の方式と同じ装置が使われており、変速・直結の切換も従来車同様に手動式とされていますが、トルクコンバータの直結構造が爪クラッチとなっており完全な同期が必要となるなど、若干はキハ58などとは異なっていますが、キハ91で問題となった自然冷却方式ではなく、こちらもキハ58などと同じ強制冷却方式に変更されました。
ドアが折り戸となったのは、キハ91と同じ理由で台車の側面で重量をさえる特殊構造の台車を使用した結果でした。
窓は、12系客車と同じ上段上昇下段下降の153系以降の急行電車などに採用されたユニット方式でした。
また、洗面所の設備が省略されましたが、その分シートピッチが長くなり、1580mmとなっていました。
シートも背ずり下部が大きく張り出し、少し座面が低くて座り心地の大変良いもので、冷房装置と相まって指定席車に優先的に使われたそうです。
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なお、キハ65はその特性上低速時はキハ58に押され20km/h以上では逆にキハ65が押す形となる特性がありそうです。
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by blackcat_kat | 2018-04-17 23:15 | 気動車
2018年 04月 15日

気動車発達史 21 高出力特急気動車 キハ181系誕生

特急用気動車 キハ181系誕生
昭和43年10月の改正で、中央西線に特急気動車による高速運転が計画され、その目的達成のために計画されたのが、キハ181系特急気動車でした。
既に、特急気動車としてはキハ80系気動車が走っていましたが、DMH17Hエンジンは1台あたりの出力が180PSと小さく、同一エンジンを普通列車も特急列車も使用することで得られたメリットも多かったのですが、特急気動車の場合編成あたりの出力は6.5PS/tにしかならず、平坦線でも100km/h 、25‰の勾配線区では42km/hしか速度が出ず、そこで昭和37年度から新系列気動車の開発が進められ、昭和41年には試作車としてキハ90(300PS)並びに、キハ91(500PS)が試作され、翌昭和42年には、量産型試作車として、キハ91形【キハ91-7両、キサロ90-3両が試作されました。
そして、今回試作されたキハ91をベースとして計画されたのが、先程申し上げたキハ181系特急気動車でした。
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キハ181系先頭車
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キハ180中間車
画像はWikipediaから引用

キハ181とデザイン
キハ181系は、キハ82系のデザインをほぼ踏襲した形ですが、ライトカバーが角形となるなど全体に厳つい印象をあたえることになりました。
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wikiediaの画像を一部加工

さらに、80系気動車と比べると一部設計変更がされており、主なところを上げると下記のようになります。

  • 蛍光灯の制御回路がDC24VからAC254Vに変更され交流発電機に変更されました。
  • 先頭車キハ181は、走行エンジン並びに発電用エンジンを搭載したため、軽量化に特に配慮し、室内にアルミ製放熱器を設置した、この結果機械室が長くなった。
  • 便所・洗面所を設置せず、先頭車の定員はキハ82と同じ58人を確保した。
  • 液体変速機は、DD51のような充排油方式に変更されました。
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181系諸元表

特に軽量化に意が払われた先頭車
先頭車のキハ181は、前述のとおりサービス用電源エンジン(DMF15H-G)エンジンと、DML30HSC形エンジンの両方を搭載しており、運転整備時の最大軸重を13t【後述】するために、特に軽量化に意が注がれましたが、それでも整備重量は51tに達したそうです。
なお、それ以外の制御回路はキハ91と同様のものが採用されましたので、キハ91とキハ181は連結が可能でした。
実際に、キハ181系トラブル時にキハ91を投入したと言う記録もあるそうです。
ただ、従来型気動車との併結は考慮されておらず、読替装置は設けらていません。

広域転配を考慮して計画された設計
キハ181は中央西線用として計画されましたが、中央線電化後は奥羽本線に転用することを考慮して6M1T編成で、機関1台が停止した状態でも34‰勾配を30km/hで走行できるように配慮したそうで、低速時での冷却不足を考慮して、キハ58で儲けられたと同じ強制送風式の放熱器も設けていたそうです。
それでも奥羽本線では、夏場などでオーバーヒート事故が多発して、当初は単独で走っていましたが、途中から電気機関車のお世話になったのはご存じの通りです。
なお、軸重を13tに抑えた背景には、最高速度を120km/hとした上で線路負担強度を検討した結果から、軸重を13tと言う数字が出てきたそうです。
最高速度を低く抑えれば、線路の負担強度は増しますが、そうで無い場合は速度を大幅に抑えなくては成らないからです。
余談ですが、現在の東海道・山陽新幹線の軸重は11tに抑えられていますが、これも同様の理由で、270km/h【300系計画当初】の振動や軌道破壊の特性と、0系車両の220km/hの値がほぼ同値で有るためと言われています。

中央西線のエースとして
中央西線の特急として、華々しくデビューしますが、山岳区間を縫う列車ということで最高速度は伸びず、表定速度は60.3km/hと特急列車としては最低を記録してしまいましたが、従前の急行列車と比べて約40分の短縮となっており、特急化による高速化の意図は十分果たせたと言えそうです。
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昭和44年5月の時刻表から

増備される、181系気動車
中央西線に投入されたキハ181系は、翌年度には「特急つばさ」に、昭和45年度には「特急やくも」、昭和46年度には特急「しおかぜ」・「南風」がそれぞれ181系特急車両で置換えられました。
なお、1次車は踏面ブレーキが採用されましたが、翌年度の増備車からは、キハ82で定評があったディスクブレーキ方式が再び採用されることとなりました。
これは、勾配線区で踏面ブレーキによる熱容量の問題があると判断されたからでした。

板谷峠では再び機関車のお世話に
「特急つばさ」として、キハ82系から置き換えられた、181系は当初は、板谷峠でハイパワーを活かして電気機関車の補機を必要としない単独運用が組まれていたが、屋根上の自然放熱式冷却器では長時間にわたる高速運転では十分冷却されず過熱状態となってしまううえ、通風量が不足することで冷却能力が著しく低下、奥羽本線の勾配区間に入っても、機関の定格出力いっぱいの運転が実施された結果、ヘッドガスケットの吹き抜け、排気マニホールドの過熱 → 発火・焼損等といった致命的な事故が頻発したため。予備車が不足する事態となり、単独運転とされていた板谷峠では再びEF71形の補機を連結するように昭和47年のダイヤ改正で変更されることになりました。
この措置は奥羽本線が交流電化される昭和50年の奥羽本線電化まで続けられることになりました。

関連
キハ90/91形試作車のお話はこちらも参照ください。

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by blackcat_kat | 2018-04-15 10:17 | 気動車
2018年 04月 01日

気動車発達史 20 従来型気動車の居住性を改善したキハ45誕生


国鉄初の近郊形気動車誕生

国鉄では、昭和41年から113系に準じた気動車を投入することとなりました。
今までの一般形と呼ばれた気動車は、片開き式の1枚扉でしたが、キハ45は113系のような両開き扉を採用した車両
前面はキハ58系に似た前照灯が2灯付いたスタイルを踏襲、窓は113系と同じパノラミックウインドウを採用していました。
ただ、車両幅は今までの一般気動車と同じ2800mm【正確には2803mm】であり車体長はの21.3m【キハ55以降この長さが国鉄・JR共に気動車の標準寸法となったようです。】となりました。
これは、2機関搭載のキハ53をベースに設計を行ったからだと言われています。
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画像 wikipedia

外観はキハ28・58の車体幅を絞った上でパノラミックウインドウ【その後キハ28・58もパノラミックウインドウを設置】となり、側面は113系が3ドア出会ったのに対して2ドアとなっている点は異なりますが、同じような窓配置でした。
ただし、113系が2段上昇式の窓でしたが、キハ45は153系などで見られた上段上昇、下段下降のユニット窓となるなど詳細は異なっていました。
また、シートピッチに関しては、これまた113系電車を参考にしたためか、1400mmと少し現在の車両と比べると小さく、膝を突き合わせると互いの足がぶつかるほどでした、ちなみにキハ25形は。シートピッチ、1470mmとなっており、シートピッチに関しては、キハ25系の方が優れていました。(追記して訂正させていただきます)
あくまでも近郊形という位置づけですので急行形のように窓下にテーブルなどは設置されず、幅も2800mmと小さいことから窓側の肘掛けも省略されていましたが。キハ20と比べると車内の中心を通る排気管も無く【キハ52後期増備車はDMH17Hを採用していたので排気管は無し】全体に近代化されたイメージでした。

なお、このシリーズは下記のようになっていました。
  • 内地向け・両運転台   キハ23
  • 北海道向け・両運転台  キハ24
  • 内地向け・片運転台   キハ45
    • 北海道向け・片運転台  キハ46
    • 2両エンジン 両運転台 キハ53

キハ45系列の車両は、総数179両と少なく製造期間も昭和41年~43年と短かったにも関わらず全国に少数ずつ配置され、キハ20や17と混結して活躍したものでした。

この辺は、国鉄が同じエンジンを採用していたため形式こそ違えど全く違和感なく連結できた功績と言えましょう。


幻に終わったキハ45増備計画


キハ45は、その後も増備が予定されていたようですが、既に充足数は足りていたため新たな増備は行われず、キハ17系の老朽廃車が始まる昭和50年頃まで近郊形【一般型】の気動車が増備されることはありませんでした。

なお、昭和61年4月の鉄道ピクトリアル、キハ35・45特集では、キハ45を増備する計画があったそうで図面も設計されたそうですが結局、幻で終わったと書かれています。


遜色急行として九州で活躍

キハ45は、居住性が高かったこともあり、九州では急行列車、「からくに」に使われたそうです。

昭和41年10月号の時刻表、急行「からくに」をアップさせていただきました。

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鹿児島本線、出水から水俣ま

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水俣から山野線経由で山越えして都城から宮崎に向かうルートを走っていました。

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by blackcat_kat | 2018-04-01 00:04 | 気動車