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2018年 05月 22日

気動車発達史 27 ジョイフルトレインの誕生

ジョイフルトレイン、覚えていますか?
ルーツは東京南鉄道管理局が製作した欧風列車「サロンエクスプレス東京」からと言われています。
大鉄局も一ヶ月遅れで、「サロンカーなにわ」を登場させるなど各管理局では、新しい団体旅行のスタイルとして、客車を改造したこうした車両をお座敷客車に代えて、若年層向けの車両の開発が行われていました。
並行して老朽化したお座敷客車も12系客車を改造されスロ81系は淘汰されていきました。
さて、今回はジョイフルトレインでも気動車のお話ですので、そこに絞ってお話をしたいと思います。
なお、これ以外にも国鉄時代に、「フラノエクスプレス」及び、「トマムサホロエクスプレス」もありましたが省略させていただきました。
又機会があれば、詳細調査してアップさせていただきます。
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アルファコンチネンタルエクスプレス

アルコンが気動車初のジョイフルトレインと言えますが
気動車のジョイフルトレインとしては、北海道総局が開発したアルファコンチネンタルエクスプレス(以下アルコンと略す)に注目が行ってしまいます、しかし、ジョイフルトレインという定義が曖昧なため、敢えて、「団体利用などを目的として、一般の車両より優れた設備を持たせた気動車」という定義をさせていただくと、実は九州総局が改造した「らくだ号」が昭和58年11月に改造されており、これがジョイフルトレインの最初と言えそうです。

らくだ号とは?
座席を廃車が進んでいた481系電車の普通車クロスシートに交換して、カラオケ装置を設置したもので、国鉄が販売していた「トクトクきっぷ」のイメージキャラクターからの流用したものでした。
アルコンは、国鉄総局と、石勝高原のホテルによるタイアップにより誕生したのですが、この車両については次回改めて車両面から検討したいと思います。
エレガンスアッキー誕生
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画像 wikipedia

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アッキーのロゴ

同様に、昭和59年には、アルコンが、誕生したことで気動車による座席車を主体としたジョイフルトレインを誕生させようという機運が生まれ、本州では秋田局で、本格的な改造気動車が誕生します。それ以前にも、秋田局では気動車を改造したお座敷車両「おばこ」が製作されており、番号もこの車両の追番となっていました。
種車では運転台後部の乗降ドアを埋めた程度でしたが、塗装の変更で大きく印象は変更されました。
その後は、昭和60年から61年にかけて、全国で急行用気動車の改造による列車が多数誕生しました。
国鉄時代に誕生したジョイフルトレイン【気動車】
主なものを拾ってみますと、
  • 「サロンエクスプレスアルカディア」 
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画像 Wikipedia
アルコンのデザインを流用した、新潟局が保有していました、JR発足直後の昭和63年3月に先頭車キロ59-508がエンジンの過熱から火災事故を起こして焼失、JR東日本でエンジン換装切っ掛けとなる事故でした。中学か小学生の旅行団体乗車中でしたが、幸い死傷者はありませんでした。
この事故で、残り2両も運用停止となり、その後先頭車を追加改造して、Kenjiとして復活しました。

  • 「ユートピア和倉」 
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    画像 Wikipedia

    同じくアルコンのデザインを流用して、和倉温泉までの乗り入れようにキハ65を種車として改造された車両で、485系雷鳥の後部に連結されて運転されるユニークなもので、全車両グリーン車の扱も異色でした。
    電車に牽引される方式は、その後JR西日本でよく行われ、非電化時代のエーデル丹後などにも使われました。
  • 「ふれあいSUN-IN」米子局の和洋折衷の車両
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    画像 Wikipedia


他にも、広島局ではキハ58を改造した、ふれあいパル【こちらはお座敷車両】、同じくといえましょう、その後JR発足直後は、国鉄時代の流れを汲んで同様のジョイフルトレインと呼ばれる車両が多数誕生しましたが、その多くは引退してしまいました。
なお、国鉄時代並びにJR発足直後は結構設計図の流用は会社間でも行われていたようで、スーパーエクスプレスレインボーの後部窓ガラスの下を詰めたものが、広島支社のフェスタの正面窓として設計されたのも結構有名な話ですよね。

現在のジョイフルトレインと言える、車両については割愛させていただきました。

続く

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by blackcat_kat | 2018-05-22 20:20 | 気動車
2018年 05月 21日

気動車発達史 26 キハ38形 通勤形気動車

キハ38誕生の背景

キハ28が計画された背景には、ローカル線の廃止問題が絡んでいました、昭和58年には、ローカル線の基本仕様と言うべきキハ37が製作されました。
この車両はよく考えられていて、片運転台ですが、運転台後ろに出入り口があり、反対側は少し中心よりにドアが設けられており、将来ワンマン運転にも配慮された車両であり、窓割りもキハ40系列に準じており、クロスシートに置き換えることも容易な構造となっていました。
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キハ37形気動車

ただ、現在キハ35が活躍している線区、【八高線】のように非電化区間ではあるが相当数の需要がある路線でキハ37を投入するのは難しい。(八王子駅 - 高麗川駅間が電化開業は、1996年3月16日)さらに、キハ35初期車が経年でにより老朽化しており、更新の時期を迎えていたこともあり、キハ35の改造名義で各国鉄工場で製造されることになりました。

キハ38製造に当たっての理由が、国鉄の部内誌交通技術、昭和61年2月号(1986)に書かれていましたので、長いのですが、全文引用させていただきます。

キハ38形式が製造された背景について資料引用【交通技術資料から抜粋】

一般形気動車の老朽対策として、設備水準の高い急行形気動車のうち比較的経年の若い事両を対象として、特別保全工事による延命を図っているところであり、約900両を数える最新形式のキ〆40系と合わせて、当面約1500両のー般形気動車は確保できる見通しである。しかしながら、これらの形式はいずれも、片側2扉で座席配置もクロスシートまたはセミクロスシートであり、主として大都市近郊区間で使われている3扉・ロングシートのキハ35系については、代替車となり得なない構造であった。
また同時に、こうした3扉車が運行されている線区は、今後とも鉄道輸送の使命が残る線区であり、さりとて近い将来に電化も見込めないことから、何らかの老朽車両対策が必要となっていた。
そこで、一般形気動車の前給見通しが不明確な状況ではあったが、手戻りのない範囲として、また、優先順位の高い分野として、3扉・ロングシートの一般形気動車の取り替え用に、キハ37形式を基本としたキハ38形式を開発することとした。
なお、製作にあたっては、緊急の課題である設備投資の抑制と余剰人員の活用を図るため、キハ37形式で行った発生品活用の考え方をさらに徹底し、原則として老朽化した車体のみを新製して、主要な機器は再用する「車体更新改造」によることとした。
この車両の特徴は、液体変速機なども廃車発生品を流用したほか、側窓などにはバス用の汎用品を用いるなど、大幅なコストダウンを図ることを目的とており、国鉄工場の技術力維持のため5カ所の工場(大宮工場、郡山工場、長野工場、幡生車両所、鷹取工場)で7両が製作されました。
過員対策としても、行われたと書かれている点が時代を感じさせます。
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キハ38形気動車
キハ38形気動車の主な特徴

さて、キハ38形気動車の特徴を再び交通技術から引用させていただこうと思います。

  1. 片側3扉両開、ロングシートの通勤タイプとするが、性能・構造ほキハ37形式を基本としさらに徹底的な従来部品の再活用を図る。
  2. 機関は、今後の使用を考慮し、性能、燃費、重量、修繕費等を総合的に検討した結果、DMF13系機関とするが、室内騒音の低減を図るため、縦形とする。
  3. パス等の他輸送機関に対抗できるだけのサービスを提供すべく、冷房を装備する。
    なお、冷房装置には市場性の広いパス用クーラーを保用し、新製費を低減するとともに、1両単位での冷房を可能にする。
  4. 側引き戸は、キハ35系の外吊り式をやめ、戸袋万式とする。
    なお、一般形気動車で盲は従来、冬季、単線区間での対向列車の待ち時間等を考慮して、半自動ドア(聞きは手動、閉じは自動)としてきたが、キハ38形式では、扉付近の内外に開閉用のボタンを設け、停車中は来降客が、必要により押しボタンを押すことで、楽にドアの開閉ができるように改善した。
  5. 最低2両での運行を想定して、片運転台とじたまた、便所は2両に1カ所の割合で設けることとし、便所の有無で番号区分を行っている。
    キハ38   0代   便所あり
    キハ38  1000代  {更所なし
  6. 席配置は縦形(ロングシート)であるが、簡素な構造ながらもパケットタイプの区分座席とする予定で、暖色系の色彩とともに、温かい居住空間を目指している。
  7. 外観は斬新な前頭形状を採用し、外部塗色についても、従来のイメージを一新すべく検討中である。
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なお、キハ35形では強度の問題で外吊り式引き戸を設けていましたが、キハ38形では、多少の補強を行えば、3ドアでも大きな問題にならないとして、従来型の戸袋方式に戻りました。
また、八高線のキハ35で半自動ドアのボタンが試行されていましたが、キハ38では本格的にドア開閉用のボタンが採用されサービスが向上しました。
また、一般気動車としても初めて冷房装置が装備されることとなり、1台で最大2万6000kcal/hの安定した冷房能力の得られるサブエンジン方式のAU34形冷房装置を搭載されました。
ただ、これでも冷房能力は不足気味のため扇風機を併用することとすると、当時の資料を参照すると書かれています。

キハ37同様、量産に移ること無く、現在は廃車され、1両は水島臨海鉄道で活躍しているのはご存じの通りです。

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by blackcat_kat | 2018-05-21 11:13 | 気動車
2018年 05月 09日

気動車発達史 25 直噴気動車の導入 キハ37

本日から、国鉄の直噴エンジンを搭載したキハ37のお話をさせていただこうと思います。
キハ37は、地方ローカル線で使用する気動車として、軽量で安価に製造できる車両という視点から開発され、キハ47と比較して60%の価格で生産されたと書かれています。
昭和56年度第3次債務で5両の量産先行車が試作され。昭和58年1月に落成、各種試験に供されています。
千葉局の久留里線に3両、大鉄局の加古川線に2両が配置されましたが、ローカル線事態の廃止が進んだことや、更に軽量化したレールバスや、それに準じた軽量車体の気動車が開発されたため、量産されることは無く、量産試作車の5両のみの製作となりました。
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画像 wikipediaから引用

国鉄初の直噴エンジン搭載車両 キハ37
キハ37の特徴は
  • 直噴エンジンを採用したこと
  • 電子ガバナを採用して燃費の向上を図った
このエンジンは、船舶用の高速エンジンを鉄道車両用に転用したもので、キハ20以来の縦型エンジン採用となりました。
エンジン形式は、DMF13S(Hは水平を示す)
なお、同じ時期にキハ48のエンジンを直噴化改造が行われています。
国鉄向け部内誌である、交通技術の昭和58(1983)年4月号の30ページに下記のような記述があります。
キハ37形式一般気動車と言う本文の、30ページに下記のような記述が見られます。
4) DMF13S駆動用ディーゼル機関従来のDMH17C形機関を6シリンダとし、それを直噴化して出力アップを図るため、過給機を取り付けた機関である。
その特徴は次のとおりである。
と書かれていますが、この記述は誤りであり、DMF13Sは、高速船舶用エンジンを鉄道用に改造したものです。
量産試作車の仕様
量産車は、主としてローカル線での活躍が見込まれていましたが、肝心のローカル線が廃止されてしまったこともあり、結果的に投入するタイミングを失ってしまうことになりましたが。廃車発生品を積極的に活用したことや、軽量化・簡素化に努めキハ45と比べても新製価格は60%の抑えることが出来たほか、特急気動車を除く全ての気動車と連結できるようになっていました。
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交通技術 昭和58(1983)年4月 から引用

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鉄道ピクトリアル 昭和58(1983)年4月から引用

直噴エンジンは、昭和56年からキハ40系列気動車に改造で搭載
昭和59年の国鉄部内誌の交通技術を参照しますと、59年(1984)時点で、国鉄では下記3種類の直噴エンジンを保有し比較している旨の記述を見ることが出来ます。
既に、キハ37の量産化と並行して、昭和58年(1983)2月にキハ40系のDMF15HSAを改造して台上試験が行われています。【下記のDMF15HSA-DI】が該当します。

  • DMF15HSA-DI
    昭和53年以降量産されたキハ40系ディーゼル動車搭載の過給機付機関を直接噴射式改造した機関。電子制御装置付
  • DMF15HZB 新特急用として開発された機関。
    改造ではなく、DMF15HSADIを基に設計段階から直接噴射式で進めているので、直噴式の長所を余すところなく引き出している。電子制御装置、過給機、インタークーラー付
  • DMF13S
    昭和58年2月に地方交通線のエースとして登場したキハ37に搭載された機関。船用機関を鉄道用に改良した機関。過給機付。

キハ37で搭載されたエンジンは第3セクター鉄道並びにJRの標準化エンジンに

キハ37形に搭載されたDMF13Sエンジンはその後横型に再設計されて、第3セクター鉄道やJRの気動車エンジンとして活躍の場を広げることになりました。



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by blackcat_kat | 2018-05-09 12:30 | 気動車