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日本国有鉄道研究家 blackcatの鉄道技術昔話

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2021年 05月 30日

国鉄における保安装置、デッドマン装置とEB装置 第二話

電車には改良型デッドマン装置、機関車にはEB装置の改良型

電車には昭和35年頃からデッドマン装置の設置が検討され、昭和36年からは本格的な開発が始まりました。
同じように、機関車でもデッドマン装置の開発は進められていたようで、昭和32年にDD13形に採用されたデッドマン装置

国鉄における保安装置、デッドマン装置とEB装置 第一話

に記載しましたが、一定時間(4秒以内)の猶予を置いて瞥報及びプレーキの非常吐出を行い、機関車の停止を行わせるという装置が採用されていましたが、この場合は、ハンドルから手を離しても、4秒以内に主ハンドルを押下げれば機関の遊転、非常プレーキはかからないで原状のままで運転を継続することが出来るとあるように、常に押さえつけておくことが組合からは、「肉体的苦痛である」として反対の対象となりました。

EB装置は、ED30で試用

に記載しましたが、主幹制御器の主または単弁ハンドル或いは逆転・交直切換ハンドルが、いずれかの位置をとってから30秒(25~90秒に調整可能〉経過する間に確認ボタンを押すか、なんらかのハンドル操作を行なわなければ、自動的に非常プレーキがかかつて列車は停止するようになっている。【下線筆者】と有るように、現在のEB装置に近いものが試作されました。
これにより、その後国鉄はEB装置の整備を行うことで、機関助士を廃止して、一人乗務を導入しようとするのですが、組合【特に動労】の強い反対を受ける事になりました。
電車は、さほど底まで強い反対運動がなかったというか、もともと電車の場合は原則一人乗務(特急など一部列車を除く)であったことから、大きな問題とはなりませんでしたし。デッドマン装置も足踏み式だけでなく、手で操作可能な手スイッチ追加されていきますが。当初の予定では、昭和39年度までに電車・気動車に設置するとされていました。
国労では、デッドマン装置を労働強化として反対

国鉄では、デッドマン装置は常にハンドルを押さえつけておくことは、労働強化になるとして一貫として反対を唱えていました。
まぁ、その辺の資料を今一度探してみたのですが、動労の記述にあったように思うのですが、すぐに出てきませんのでまた見つけることが出来れば追記したいと思います。
ただ、昭和30年代は、国鉄当局側に組合を押さえ込もうという気概があり、組合としても強くい踏み出せないところが有ったの事実のようです。
しかし、その転機はやはり三河島事故にあると思えます。
ここでは、その責を問われるのは、機関士が信号を冒進したことでブレーキ操作が遅れ安全側線に進入して脱線したこと。
その後の列車防護がまずく、対向列車の停止手配などが遅れたことで、より多くの犠牲を出してしまったのですが、この頃から組合の活動【特に動労】が強くなっていくようで、徐々に動労に押されていく当局の姿が見えます。
その辺は技術解説と趣旨ではないので省略します。

国鉄時代はEB装置は、初期は機関車のみ
EB装置自体は昭和44年頃から設置されていましたが、昭和45年6月から12両で試行を開始、問題点を解消しながら、昭和46年9月15日からは、拡大試行として300両で試行を行なったそうです。
一人乗務に対する反対闘争もあって、実施が遅れたものの、昭和46年7月15日に組合との協議が整い、昭和47年6月15日から全線区一斉にEB装置の使用開始とELの一人乗務が始まったそうです。
国鉄における保安装置、デッドマン装置とEB装置 第二話_a0091267_21305127.jpg
たそうで、これに伴い深夜に渡る業務以外は一人乗務化が行われることになったと言われています。
交通年鑑 昭和48年 動力車乗務員の運用 EB装置の本格実施と言う項目には以下のように書かれていました。
少し引用してみたいと思います。
EB装置はEmergencyBrake (緊急自動停止装置〕の頭文字をとってEB装置と呼んでいる。乗務員の仮眠あるいは失神時など乗務員が作業のできない状態であることを感知し、警報を発し、列車を停止させる装置であり、乗務員の運転操縦を補完する機器である。この装置はELとDLに取付けられ47年3月末に約3000両に達した。第3次にわたる試行を重ねた結果、47年5月に各労組間で使用にともなう労働条件が締結し、47年6月15日を期して全線区一斉に使用開始した。これにともないEL・DL乗組基準の一部改正が行なわれた。すなわち2人乗務の対象であった深夜2時間30分以上の列車に乗務する場合とノンストップ2時間以上の列車については人乗務とすることになったのである。
電車にEB装置が試行されるのは昭和55年以降
なお、電車や気動車のEB装置試行はずっと遅くて昭和52年頃には既存車両にもEB装置を設置するとされていますが、実際に試行が始まったのは昭和55年度に入ってからのようです。 
さらに、本格的にEB装置の使用を労使交渉でまとまったのは、昭和60年であった(交渉日付は未確認)そうです。
国鉄における保安装置、デッドマン装置とEB装置 第二話_a0091267_21462765.jpg
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by blackcat_kat | 2021-05-30 21:47 | 電車


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