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2018年 03月 03日

気動車発達史 14 急行形気動車の開発と発展 キハ28・58 第2話

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キハ58系の系列は、何故キハ56とキハ57が先に製造されたのか?
キハ58系列は、総数1,823両が製造され日本全国で見ることが出来た急行気動車でした。晩年は、普通列車などに使われることも多かったのですが、最初に作られたのは北海道向けのキハ56系列であり、その後製造されたのは信越線用のキハ57系列でした。

北海道向けが最初に作られたのには理由がありました。
それは、北海道に優等列車向けの気動車が無かったからでした。
昭和31年からキハ55形の製造が始まりました、北海道には酷寒地形の気動車としては、昭和32年に製造が開始されたキハ21と翌年。デッキ付にするなどして保温性と暖房性能を強化したキハ22が誕生しますが、いずれも普通列車用でした。
特に、キハ21は出入り口付近にデッキが無く、後年(1975年頃)になって一部の車両にアクリルの防風板が出入り口付近に設けられました 。
話が、キハ58から外れてしまいました、改めてキハ58のお話をさせていただこうと思います。

さて、北海道のキハ58は1次車のみ車体のカーブが直線的であり、それ以後の緩やかなカーブを描く車両とは異なっていました。
また、1次車のみヘッドライトの間隔が小さいと言われています。
なお、北海道向けに製作されたキハ56は、昭和35年度の借入車両(民有車両)としてキハ56 5両、キハ27 10両、キロ26 5両及び自己資金(債務負担行為)でキハ27 2両、計22両が製作されたそうで、3月下旬に落成、急行“すずらん”の置換え、準急"オホーック”かむい”の増強に使用される。
と記述されています。
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なお、急行「すずらん」は夏場は内地向けのキハ55を借り入れて使用し、冬場はキハ22による代替使用(キロについては、代替車が無いため冬場でもキロ25が使用されたと言われています。)が行われたと言われています。
当時の「すずらん」の編成を見ますと、1等車【グリーン車】を連結する車両であり、当時の優等列車の一角を占めるものであることが窺えます。
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民有車両とはどういうものか?

さて、民有車両と言う言葉が出てきましたが、これは当時輸送力増強で車両を新製するための予算が足りなかったときによく使われた手法であり、車両メーカーで車両を製作、それを借り受け5年で買い上げるというもので、5年分割で車両を購入する訳で、ローンで自動車に乗るような感覚でした。
車内の銘板付近に民有車両を示す丸いマークが描かれていたと言われています。

キハ57の投入がキハ58よりも少しだけ早かった理由は、善光寺参拝客輸送

さらに、昭和36年4月には長野県善光寺のご開帳に合わせるための気動車キハ57が誕生しています。
国鉄の部内誌、交通技術によりますと、下記のように書かれています。
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昭和36年10月時刻表を参照しますと、上野7:10発、長野着11:31、その後丸池で運用した後、翌日の7:56 長野発、上野着12:20で運用されていたようです。

36年度新形式で専ら上野~長野間急行に使用され、4月から始まる善光寺様の御開帳に極力間に合わせるべく急いで製造したが4月中旬から5月上旬にかけて16両が落成し、引続いて追加10両は5月の契約となる予定である。
と記録されています、更に昭和37年には長野電鉄の湯田中まで延長運転【二等車2両】されており、連日120%以上の乗車率出会ったと記されています。

昭和37年国鉄線の記事を最後にアップさせていただきます。

上野~湯田中間直通運転開始
信越線 上野~長野間のディーゼル急行 志賀号、丸池号の車両の一部(ニ等車二両)が、去る三月一日から、志賀高原の基地湯田中駅まで直通乗リ入れ(屋代経由)を行っている。
これにより、上野|湯田中聞は、乗り換えなしで五時間で結ばれ、信州の奥座敷まで東京から快適なディーゼル・カーで往復でき、観光客誘発に一役買うことになった。
初日から一〇日間の利用状況は、特に上り列車が好調で、定員一六八名に対し、上り志賀号は一二九%、丸池号は一三四%の乗車効率を示している。
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キハ57製造の後、内地向けの急行気動車としてキハ58 キハ28 キロ28の各形式が誕生するのですが、長くなりそうなので
章を改めてアップさせていただきます。

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by blackcat_kat | 2018-03-03 21:42 | 気動車


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