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2018年 01月 18日

気動車発達史 2 戦前の機械式気動車 三態

戦前の機械式気動車 三態 

昨日も書きましたが、電気式気動車は重量が重く、日本の鉄道には不向きであり、国鉄としては、ローカル線用としてキハ41000やキハ42000を製造していきました、ただ、機械式の最大の欠点は重連運転が出来ない事でした。
重連運転をしようと思えば、前後の車両に運転士が乗務する必要があり、汽笛でタイミングを図りながら運転していましたが、精々2連が限界であり、江若鉄道で夏場の海水浴シーズンに3連と言った記録もあるようですが、実際にまともに運転が出来たのか気にかかるところではあります。

さて、古い資料などを参照していますと、キハ41000を基本として、いくつかのバリエーションが作られたようです。
  • キハ41000 戦前気動車を代表する15.5m 20tの軽量車体 最高速度75km/h
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  • キハ40000 キハ41000の縮小版として車体長を11.5mに制限し、最高速度も65km/hとする代わりに貨車の1両もけん引できることを狙ったものでしたが、実際には殆ど実用にならなかったと言われています。
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  • キハ42000 キハ41000の車体を延長し19mに、エンジンを6気筒から8気筒に変更(GMH17エンジン)した車両 最高速度試験で108km/hを記録したと書かれています。
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    画像は全てwikipedia参照
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まだまだエンジンなどの技術が未熟な時期でしたが、鉄道省工作局車両課が中心になって、川崎車両、池貝鉄工、新潟鉄工
当初はガソリンを燃料とするGMH13その後、シリンダの数を8個にした、GMH17型エンジンが開発されました。このエンジンは、最高出力150PS(GMF13は100PS)に増強されました。
なお、ガソリン動車と平行してディゼル動車の開発も進められ、キハ41000のディゼル版としてキハ41500が、キハ42000のディゼル版としてキハ42500が製造されています。

電気式気動車誕生 
しかし、機械式では1両ないし2両程度しか連結できず、旅客増に対して対応できない問題があり、昭和12年に電気式気動車を試作することとなり3両1編成で試作されたのが、キハ43000でした。
当時は世を挙げて流線型ブームであり、EF55やC55形機関車、電車ではモハ52が同様に従来のスタイルと比すると流線型と呼ばれる形で誕生しました。
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エンジンはDMF31H(排気量31L 6気筒 水平対向エンジン)でしたが、水平対向エンジンは排気や潤滑で問題があったり、クランクシャフトが折損するなど問題が多かったようです。
ただし、このエンジンは戦後、縦型に設計変更してDD13形機関車に搭載好成績を収めることとなりました。
ちなみに、DD13形エンジンの気筒数を増やして12気筒としたものがDD51になります。
DD51のエンジンのルーツは、キハ43000間で遡ることが出来そうです。
なお、DMF31エンジンは、その後過給器を付加して出力を500PSまでアップしています。
その後、再びDMF31エンジンを横型にし、出力を400PSに絞ったDMF31Hエンジンを使って試作されたのがキハ60でしたが、この辺は既に書かせていただいておりますので併せてご参照ください。



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続く

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国鉄があった時代 JNR-era
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by blackcat_kat | 2018-01-18 12:10 | 気動車


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