人気ブログランキング | 話題のタグを見る

日本国有鉄道研究家 blackcatの鉄道技術昔話

blackcatk.exblog.jp
ブログトップ
2022年 03月 13日

台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に

現在動画でもアップしていますが、台車の話と言うことで、こちらでもアップしていきます。
動画とは構成を若干変えています。

特急用電車に採用されたDT23系台車の話
鉄道の台車は、昭和29年頃から急速に改良が進み、私鉄などでは空気バネを採用する事例があったり、板バネに代えて空気バネが本格的に採用されるようになりました。
今回は、151系で採用された、DT23系台車と、そのベースとなった、DT21系台車のお話しを中心に技術解説をさせていただきます。

台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に_a0091267_20235552.jpg
現在は解体された、大阪弁天町の交通科学博物館に展示されていた頃の151系モックアップ

DT23のベースとなったDT21形台車

国鉄の標準型台車といっても過言ではない、DT21形台車、この台車から派生して、151系などで使用された、DT23台車や、軸距離を長くした、DT33等が誕生しました。
DT21形の特徴は、揺れ枕方式【後ほど解説】を採用していたことで、205系に使用されたDT50形ボルスタレス台車が誕生するまでは、インダイレクトマウント方式を採用した特急電車や201系、ダイレクトマウント方式の301系以外は、客車を含めて揺れ枕方式が広く採用されることとなりました。
台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に_a0091267_20240561.jpg
画像はwikipediaから引用
揺れ枕方式とは?
下揺れ枕、上揺れ枕をのせてその相互の摩擦力で偏倚を抑えるようにしており、基本的にはボルスタアンカは、不要となります。
DT23では高速運転に伴う直進安定性を担保するためかボルスタアンカーが設置されています。

台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に_a0091267_20393625.jpg
151系特急用台車 DT23
台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に_a0091267_20394442.jpg
151系で使用されたDT23形台車は、DT21形の枕バネ部分をベローズ形空気バネに置き換えたもので、以下のように空気室の空気がゴムの役割を果たすこととなります。
台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に_a0091267_20521090.jpg
3層に分かれて見えるのですが、実際には一つの空気室で構成されている。
当時は、横鋼性が高い空気バネは開発途上でした。
新幹線を含めた高速車両は、空気室の形状を変えており、ダイヤフラム型と呼ばれています。

枕バネの部分が空気バネに置き換えられているのが理解いただけると思います。
台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に_a0091267_21215565.jpg
画像はwikipediaから引用

上記の写真で理解していただけるかと思いますが、バネの下と上を覆うように上下の揺れ枕と、吊りリンクにより進行方向に対する左右動は抑制されることとなります。
また、上下動に関しては、オイルダンパーにより抑制されることとなります。

動力伝達は、車両両側の側受けと心皿で負担

台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に_a0091267_20393625.jpg
10系客車で採用された、軽量構造の台車では心皿【台車中心)と、台車上部に設けられた側受けで車体をさせる構造となっていました。
車体自身も側受けで支えられるため、基本的には動力伝達を担うボルスタアンカーは不要とされていました。

台車の話、余話 軸箱守式台車の話

ウイングバネ式と軸箱守式台車と言えば、車軸の上にバネが乗っかっているイメージの台車と思われがちですが、実際にはその両端の部分が上下に移動できるような構造を指すそうです、下の画像では軸ばねで鼻くその両端の三角形を構成する部分が軸箱守となります。
台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に_a0091267_21443156.jpg
画像はwikipediaから引用
以下のように、車軸を挟まれるパターンとなります。
なお、DT21形台車で。下記の図のように両側のコイルバネで挟む形の場合は、特にウイングバネ式と呼びますが、広くは軸箱守方式となるそうです。
ちなみに、客車などに採用されている上のような軸箱守方式は、単式支持軸箱守方式と言うそうです。
台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に_a0091267_21422897.gif
画像はwikipediaから引用

ただし、ややこしいのはシュリーレン式台車と呼ばれるもので、こちらは軸箱守がない(車軸を挟み上下動を許容する構造になっていないと解釈していますが、見た目には殆ど同じに構造に見えます。
台車の話第1回 国鉄の標準型台車とも言えるDT21形台車の話を中心に_a0091267_21530161.jpg
画像はwikipediaから引用
軸箱守がなく、車軸両側のバネで、車軸を支える構造となっているのが。シュリーレン式台車と呼ばれています。

続く


にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村にほんブログ村 鉄道ブログ 国鉄へ
にほんブログ村
********************************************************
取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に
blackcat.kat@gmail.comにメール
またはメッセージ、コメントにて
お待ちしております。

国鉄があった時代 JNR-era
********************************************************



# by blackcat_kat | 2022-03-13 21:58 | 電車
2021年 12月 25日

知っているようで知らない、ヘッドライトのお話し

機関車の存在を示すものだった前照灯
元々、機関車の存在を示すものだった蒸気機関車等では前頭部にヘッドライトが設置されていますが、明治時代の機関車などではヘッドライトが付いていません。
当初は、昼間は白い円盤を、夜間運転時には石油ランプを設置するようになっていたからでした。
当時の考え方では、前照灯の目的が機関士が障害物を発見するものではなく、機関車が近づいていることを知らせることが目的だったからです。
意外と思われるかもしれませんが、元々の前照灯の役割はそのようなものだったのです。
その後、交通機関が発達して踏切事故などが増えていくと少しでも遠くから視認できるように、前照灯も明るくなりますが
知っているようで知らない、ヘッドライトのお話し_a0091267_22560284.jpg
画像 wikipedia ヘッドライト前に見えるのが当時標識板を入れていた名残

、あくまでも目的は遠くから機関車が来たことを確認させることであったため、発電機の容量もあって、100W程度の照明でした。

ヘッドライトの数は幾つと決まっている?
鉄道におけるヘッドライトは、正式には標識灯と呼ばれるもので、技術基準省令の解釈基準では、最前部車両の前面に、白色灯を1個以上表示するとなっています。
なお、地下区間および長大トンネルは夜間の方式で扱うとされており、幾つつけるとも、前面のどこにつけるかという点も特にこの基準では示されていません。
ただし、運転に支障がないことが大前提となりますので、運転台上部天井に設置されるのが一般的であったようです。
腰部にヘッドライトを持ってきたのは、昭和28年に製造された、営団【現在の東京メトロ】300形が最初と思われます。
知っているようで知らない、ヘッドライトのお話し_a0091267_23060333.jpg
踏切対策で前照灯を強化
戦前は100W程度の電球を使用
知っているようで知らない、ヘッドライトのお話し_a0091267_23111103.png
その後、大正時代以降は電気となりますが、あくまでも機関車の接近を地上に知らせることが目的であり、照明で障害物を発見するというものではありませんでした。
昭和30年代の資料を見ていますと、この頃でもせいぜい100W程度であり、蒸気機関車はもとより、電気機関車なども1灯式でした。
昭和29年頃には、前照灯の出力が150Wに強化されたという記述が見られますが、踏切事故による自動車との衝突事故もこの頃から多発しており、少しでも早く確認できるように、ヘッドライトの大型化は喫緊の課題となっていくこととなりました。

昭和31年には前照灯の強化を決定

知っているようで知らない、ヘッドライトのお話し_a0091267_23125945.png
鉄道年鑑1957年版から引用

鉄道年鑑昭和32年版を参照しますと、昭和30年度の踏切障害の損害は、国鉄で5900万円、部外では2億7000万円の損害が出ており、全国踏切安全運動が春と秋に行われているほか、車両側の対応として、踏切の改良などもありますが、前照灯の強化。
現行:100W→暫定:150W(LP42) 将来 250W(LP402)に変更するとしています。

ヘッドライトは正式名称?

鉄道の場合、自動車と異なり、ヘッドライト(前照灯)は列車標識の一つであり、地上勤務者などが列車の接近を判断できるものとされており、その距離はせいぜい100m手前でした。
あくまでも、障害物を判別するという目的には重きを置かれていなかったよううです。

低電力、高輝度仕様の決定版、シールドビーム

知っているようで知らない、ヘッドライトのお話し_a0091267_14320760.png

自動車では一般的であった、シールドビームですが、昭和32年頃に、その仕様が国鉄でも決められました。国鉄の仕様では、前方250mの距離において幅15mの範囲の対象物を確認し得るために、ビーム中心±1.50~2.0の範囲で200,000~300,000cd程度の光度を(概ね4.5ルクス程度)を有するものを試作するとしています。(250m先の障害物を認識できるということで、4.5ルクスとは、日没後のかろうじて照明なしで活動できる明るさ程度です)
ちなみに、従来の前照灯は、20,000~30,000cd程度で視認距離も100m程度で3ルクスであったそうで、せいぜい60m先くらいまでが確認できる範囲でした。



















知っているようで知らない、ヘッドライトのお話し_a0091267_14350807.jpg

151系では3灯で明るさを確保(ただし一般電球)
151系は従来の白熱灯を採用

国鉄初の高速電車、151系では初めての高速運転と言うこともあり、前照灯を従来の運転台上方のみではなく、腰部に250W2個、運転台上方に150W1個の合計650Wの照明を設けていましたが、これはシルドビームではなく一般型の電球であったそうですが、140m手前で4ルクスを確保できるようにしたとされています。
シルドビームを採用しなかったのは、当時は品質が安定していなかったことも原因であったと言われています。
ただし、昭和35年に誕生するキハ81形ではシルドビームが採用されています。
余談ですが、485系では昭和45年増備の100番代からシルドビームに仕様が変更され、明らかにヘッドライトが小さくなっているので簡単に見分けることが出来ます。



安全性の向上を目指して在来車もシルドビームへ改造されることに
安全性の向上と保守部品の統一の観点から、従来車にあってもシルドビーム化が図られることとなり、103系などのように前照灯元のケースを生かして、2灯か【通称豚鼻】に改造したものや、円錐のカバー設けて、中央にライトをはめ込んだ例もありました。
113系では、従来のヘッドライトを撤去してシルドビームを設置した例と、円錐のカバー設けて、中央にライトをは知っているようで知らない、ヘッドライトのお話し_a0091267_14375160.pngめ込んだ例もあったようです。

左の画像は、103系1000番代以降で採用された、ヘッドライトのモジュールを埋め込んだシルドビーム2灯改造車、ファンの間では、通称「豚鼻電車」と呼ばれていました。
知っているようで知らない、ヘッドライトのお話し_a0091267_14394783.png


















にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村にほんブログ村 鉄道ブログ 国鉄へ
にほんブログ村
********************************************************
取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に
blackcat.kat@gmail.comにメール
またはメッセージ、コメントにて
お待ちしております。

国鉄があった時代 JNR-era
********************************************************


# by blackcat_kat | 2021-12-25 14:41 | 保安装置
2021年 11月 20日

蒸気機関車の補助灯に関するお話し、ご存じでしたか?

知ってますか?この小さな前照灯
蒸気機関車の補助灯に関するお話し、ご存じでしたか?_a0091267_22464804.png

蒸気機関車の前照灯以外に設置されている。ヘッドライトの意味は?
蒸気機関車の補助灯に関するお話し、ご存じでしたか?_a0091267_22463569.png

実は、この補助灯は、本来の前照灯と同時に点灯させるものではありませんでした。
実は、交流電化が関係していたのです。

交流電化と補助灯の関係とは?

上記のD51 1の写真は、1975年頃に撮影したものですが、この機関車は、落成後「稲沢機関区」で活躍した後、昭和39年(1964年)に盛岡機関区へと転属、その後梅小路蒸気機関車館に動態保存機として配置されました。
東北本線は、盛岡地区は昭和43年(1968)には交流電化されています。この補助灯は、電化と大きく関係しているのです。
写真は、昭和50年頃、まだ動態保存機として活躍していた頃に撮影したものですが、見事に左側にシルドビームが追設されているのがわかります。

蒸気機関車の補助灯に関するお話し、ご存じでしたか?_a0091267_22461906.png

交流電化は、強い磁界が発生する。
実はこの高電圧がくせ者で、電流が流れるとその周りに磁界が発生すると言うことはよく知られています。

高い電圧ほど、その磁界は大きくなります、さらに人間は導電体【電気を通す】ので、架線に近づくだけで吸い寄せられる危険性が有ります。
特に、20,000Vもの高圧になると30cm程度では吸い寄せられてしまうとも言われています。
蒸気機関車の補助灯に関するお話し、ご存じでしたか?_a0091267_22471646.png
そこで、先ほどのヘッドライトの話に戻るのですが、ヘッドライトが運転中に故障【球切れした場合】当然のことですが夜間であれば交換する必要が生じます、しかし、架線下で作業をすると、感電する危険性がありますので、そうした球切れによる消灯時に、予備灯として利用するために補助灯が設置されたのです。

ですから、2灯を同時に点灯すると言うことは原則的には有りませんでした。

意外と知られていませんが、交流電化区間を走る蒸気機関車にはこのように、ヘッドライトが増設されていたのです。


にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村にほんブログ村 鉄道ブログ 国鉄へ
にほんブログ村
********************************************************
取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に
blackcat.kat@gmail.comにメール
またはメッセージ、コメントにて
お待ちしております。

国鉄があった時代 JNR-era
********************************************************


# by blackcat_kat | 2021-11-20 23:03 | 蒸気機関車
2021年 10月 03日

小田急電鉄における強制振子試験が行われた話

私鉄でも研究された振子電車(小田急電鉄の場合)

現在、JRでは国鉄形の381系電車や、JR九州の881系、883系、JR四国では8000系、8600系、JR西日本では283系等が走っていますが、実は小田急でも振り子式電車の試験が行われたことがありました。
実は、小田急の振り子電車が歴史としては一番古いのではないでしょうか。
今回は、小田急が実施した振り子式電車の話を中心に振り子式電車の歴史を語っていきたいと思います。

自然振り子式で研究開始

小田急では、NSE車製造に際して、自然振り子式の台車を開発して連接部に使用することが計画されたそうです。

小田急電鉄における強制振子試験が行われた話_a0091267_21250371.jpg
画像 wikipedia

右図参照
小田急電鉄における強制振子試験が行われた話_a0091267_23224561.jpg
 この台車は、小田急と住友金属工業の共同設計で製作されたもので、車体の高い位置に空気バネを持ってきて、重心より車体支持点が高いことを利用して、車体を傾斜させようとしたものでした。
右の図を見ていただくと判りますが、かなり上部に車体支持点が来ることが判っていただけると思います。

試験の結果、この方式では、
  • 横剛性の不足
  • 左右振動性能の低下
がみられる(まぁ、空気バネ自身が変位して行くわけですから当然と言えば当然なのですが)ことから、 実用化は見送られたそうです。

小田急電鉄における強制振子試験が行われた話_a0091267_22383517.jpg

こうした自然振子式は、重心が外側に大きく傾くことから、離心率が高くなり、転ぶくに対する安全率がやや低くなるので、車体の心皿附近を中心に内傾させる方が安定を得られるのではないかというアイデアに発展したそうで、この方式を最初に採用したのが、国鉄の591系振子式試験電車でした。【後述】

強制振り子式の試験

昭和37年には、油圧制御による強制振子方式が試験されることとなり、( CI 車・・ Curve Inclination car)と呼ばれる車両が試作されました。
油圧による強制車体傾斜を行うもので、車体を 8度まで傾けることが可能で、半径400m と 360mの S 曲線を速度 95km/hで走行して、効果を実証することができた、と記録されています。
C I 車は、車体強制傾斜の自動制御として新技術開発については、高く評価されたものの、構造上並びにコスト上の問題を解決する必要があるとして見送られることとなりました。

小田急電鉄における強制振子試験が行われた話_a0091267_22381360.jpg
振り子式の場合、制御に際しては、万一、カントを逆方向で通過しようとした場合にも支障が無いようにする工夫が必要でした。

自然振り子式は、構造的に重心が高くなるので、乗り心地が悪くなると言われています。
また、車体の回転部の摩擦で、振り遅れが生じるとも言われています。
強制振り子式の場合は、事前に傾けておくことが可能ですが、前述のようにカントを逆方向で通過しようとした場合にも支障が無いような補償が必要になります。
小田急電鉄における強制振子試験が行われた話_a0091267_23450677.jpg




















画像は、いずれも交通技術1971年1月号の記事から引用

斯様に、小田急では比較的早い時期から振子台車の研究が進められましたが、結果的には十分な成果が得られず、NSE車【小田急3100形】導入時には、振り子式は導入されませんでした。
その後も強制式振子台車の研究は進められ、昭和43年には空気バネのダイヤフラム部分を伸縮させる方法を研究したそうです。さらに、昭和45年には「運輸省試験研究補助金」を得て、「空気ばねを利用した車体傾斜制御による高速車両の試験研究」として研究が行われ三菱電機・住友金属・小田急の3社で以下のような試験が行われたそうです。
小田急電鉄における強制振子試験が行われた話_a0091267_21491435.jpg

CIカーの場合は油圧制御でしたが、この場合は車両の台車に空気を入れて傾けるという方式であった、ただし空気の場合は油圧と異なり圧縮性が高いので十分な空気を適切なタイミングで送り込まないと十分な傾斜を得られないという問題が生じることとなり、その辺は特に考慮されたようです。
以下は、試作のダイヤフラム型の台車で、動力の伝達はボルスタアンカーで伝達するようになっているのがご理解いただけるかと思います。
小田急電鉄における強制振子試験が行われた話_a0091267_21522312.jpg
小田急電鉄の資料によりますと、空気バネのストロークは、一般の台車が40mmであるのに対して、100mmと倍以上のストロークがあり、理論上は6度まで傾けることが出来るが、車両限界などを考慮して、5.5度に設定したと書かれています。
なお、車体の傾斜に関しては横Gを検知してから空気バネへ指令を出すとのことであり、多少のタイムラグが生じることはやむを得ないと言うことであったようです。



にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村にほんブログ村 鉄道ブログ 国鉄へ
にほんブログ村
********************************************************
取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に
blackcat.kat@gmail.comにメール
またはメッセージ、コメントにて
お待ちしております。

国鉄があった時代 JNR-era
********************************************************


# by blackcat_kat | 2021-10-03 22:22 | 電車
2021年 07月 22日

幻に終わったEH50形電気機関車


古い鉄道ピクトリアルの記事を参考に幻の機関車夜なったEH50のお話をさせていただきます。

東京~大阪間 6時間30分の可能性

昭和31年11月19日、最後まで残っていた、米原~京都間が電化され、晴れて東海道本線は、支線の美濃赤坂線、北方貨物線を除き全線電化が完成し、EH10による貨物列車の運転が始まると、旅客列車も2500Kwの強力機関車で東京~大阪間を6時間半程度で運転できないかと言う意見が起こってきました。

そこで、実際に高速列車に必要な条件を探るべく、EH10 15号機で高速試験を行うこととなりました。
幻に終わったEH50形電気機関車_a0091267_21514102.png
この時製作されたEH1015は、昭和30年度に製作された23両中の1両で、特に高速試験用と指定して製作されたもので、次ページのように他の車両とは異なる特徴がありました。
幻に終わったEH50形電気機関車_a0091267_21532555.png
EH10 15は特別仕様?

機関車のモーターは、新技術を採用して、小型軽量化されており、従来のEH10用モーターMT43よりも1,000kgも軽い、2,500kgとなっていました。
また、モーターはH種絶縁ですが、試験に際してはB種までの温度しか許容しないとしています。回転数も更に上げることも可能でしたが、将来的にEH10に戻すことも考慮して、モーターの回転数は1000rpmで押さえるとともに、性能的には歯数比を変更することで本来の貨物用機関車に戻せるようになっていました。
歯数比は、旅客用 23:71、貨物用 17:77であり、歯数比を貨物用にすれば、15も貨物用として活躍できるようになっていました。
また、通常のEH10が黒色であったのに対して、ぶどう色二号の塗装となりました。

幻に終わったEH50形電気機関車_a0091267_21574513.png
ブレーキ装置は、高速運転に備えて、電磁直通ブレーキを採用し、当時としては画期的な方法であった。列車を貫通する直通管と電気回路引き通しを設け、空気指令を受けて各車両の電磁弁を作用、各車両のブレーキをほぼ同時に掛けることができ、空走時間も小さく、小刻みなブレーキ操作ができるなどの特徴が有りました。【80系電車などで採用された方式】


高速試験開始前に、特急つばめ牽引

12月5日と6日の二日間、東京~米原間で特急つばめ牽引による試験が行われた。EH10の後部に試験車、次位に客車暖房用をかねてEF58+つばめ号の編成で、12月5日は下り列車、翌6日は上り列車を牽引して東京に戻ったそうです。

高速試験 昭和30年12月11日~15日

満を持して、高速試験が昭和30年12月11日から以下の日程で開始されたそうです。
12月11日 準備及び打合せ
12月12日 試験、但しEH1015機関車振動関係の測定
12月13日 試験、但しEH1015機関車振動関係の測定
12月14日 ナハ10、車両振動関係の測定
12月15日 測定装置取り外し
試験区間等は下記の通り

試験区間 東海道本線 金谷~浜松間下り本線
測定箇所・試験計画速度 (測定箇所は省略)
車両振動関係、ナハ10台車応力関係、列車風(窓に及ぼす風圧)関係の測定は車上でおこなった。
幻に終わったEH50形電気機関車_a0091267_21593207.png
120km/hの速度試験が行われた結果は、結論から言うと機関車側は問題は無いが客車に関してはもう少し検討を要するということでした。
特に、ナハ10の場合軽量化していることもあって横圧が意外と大きいこと、車輪の偏心などによる振動が大きいことなど、問題があったとされていますが、EH10に関しては非常に良い乗り心地で、EF58よりも乗り心地は良かったと言われており、95km/hで80km/hで運転中のEF58よりも乗り心地は良かったと記録が残っています。

その後昭和31年にも空気ブレーキの試験なども行われたそうです。

並行して計画された高出力電気機関車計画

機関車、客車双方の試験を行った結果、ナハ10形客車による横圧の問題や、応力の問題なども含めて全体で考慮する点はありましたが、6時間半程度の運転であれば、機関車列車でも問題は無いのではないかと言うことで、新形機関車の設計構想もスタートしていたようです。

幻に終わったEH50形電気機関車_a0091267_22024612.png
最終的には、電車に軍配が

昭和30年代当初、試験結果から120km/h運転は可能であるが、ナハ10が軸重が軽い割には、曲線区間における横圧【レールを外に押し出そうとする力】が大きい傾向にあるほか、橋脚では、その構造物(レンガ部分)に亀裂を生じさせるほどの力が働く可能性があると指摘されており、軌道の強化を必要とすると考えられているようです。

さらに、101系電車による高加減速が実現しつつあるとき、勾配や曲線の多い在来線では、床下に電気機器が多いことによる保守費の増大などを考慮しても、トータルで判断すると、電車での可能性が高いとして、その後は寝台車などの特殊な例を除き、原則として動力分散方式で行われることとなりました。


にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村にほんブログ村 鉄道ブログ 国鉄へ
にほんブログ村
********************************************************
取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に
blackcat.kat@gmail.comにメール
またはメッセージ、コメントにて
お待ちしております。

国鉄があった時代 JNR-era
********************************************************



# by blackcat_kat | 2021-07-22 22:06 | 電気機関車