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鉄道ジャーナリスト blackcatの鉄道技術昔話

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2019年 06月 15日

国鉄時代の気動車改良について

久々に投稿させていただきます。
今回は、国鉄時代(昭和57年)に、国鉄が保有する気動車の燃費改善対策として、気動車のエンジン改良工事が行われたとされています。
記録では、新型気動車の開発が進められているが、それとは別にキハ40系に搭載されているDMF15HS系エンジンを直噴化改造+電子ガバナ方式に改造して18%の燃費が改善されたと言う記録が書かれています。

はじめに
国鉄形の気動車エンジンは、DMH17形が代表されるエンジンでしたが、これらは予燃焼室付きと呼ばれるエンジンでした。
シリンダの上方に小さな予燃焼室というものを設けて、そこで燃料を噴射して小さな爆発を起こして、そのまま下のピストンに伝える方式でした。
下図参照(図1)

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図1
鉄道車両特論 交友社 第4章 内燃動力車から引用

低温時など始動性が悪かったディーゼルエンジン
日本船用機関学会誌 「ディーゼル機関の始動性に及ぼす予燃焼室の影響」という論文では、予燃焼室の問題点として下記のように指摘されています。
2)予燃焼室式と直接噴射式との燃焼室を比較した場合、予燃焼室式の場合は燃焼室表面積/行程容積がほぼ予燃焼室の分だけ大きくなり、前項同様、圧縮温度を低下させる原因となる.したがって、一般には、圧縮比を高くとることにより、始動性を改善せざるをえない.
と書かれていますが、鉄道車両エンジンも同じで、低温時の始動性が悪くなり、最悪エンジンが起動する前にバッテリーが上がってしまうとして、て寒冷地では夜間滞泊の気動車は仕業終了後もアイドリングをさせておいて、エンジンが冷えて動かなくなること避けていました。
知らない人から見れば、国鉄は赤字なのに夜間もエンジンを回して怪しからんとなったのでしょうね。
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さて、国鉄ではデイーゼル機関の改良を図ることとなり、昭和57年に、「ディーゼル車における省エネルギー」と題して、交通技術という雑誌にキハ40で使用されているエンジンを改造して、直噴化したエンジンに改良したという記事が有りましたので簡単に解説などを加えながらお話をさせていただこうと思います。

DMF15Hエンジンの直噴化改造、その背景

記事の引用元は、国鉄の部内誌交通技術の1982年8月号です、ここで新急行気動車用機関として試作を進めているDMF15HZBと有りますが、このエンジンは、コマツが開発した建設・産業機械用の高速エンジンSA6D140エンジンを鉄道車両用に横型化したもののようで、国鉄の財政悪化などの影響もあり、国鉄時代には採用されず、最初に採用されたのは1992年で、JR北海道キハ150形気動車に初めて搭載されたとされています。
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キハ150-0番台 画像wikipedia

昭和57年当時の車両の省エネルギー施策は下記のように、エンジンの効率化、車両負荷の低減、廃エネルギーの活用等が研究されていたようです。
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図2
交通技術1982年8月号から引用

エンジンを直噴化することで、燃費の向上(予燃焼室式機関と比較して約10%燃料消費率(1時間・1馬力あたりの燃料消費量)が良くなります。)として、国鉄の財政改善に役立つとされていました。

直噴化エンジンは、寒冷時の始動性は良くなりますが、爆発圧力が高くなり、振動・騒音が大きくなる欠点があったため、高速運転の車両などではふりとされていました。図1 (a)のタイプ
その後の技術開発で振動・騒音の低いものが開発され、大型自動車や小型漁船にも使用されるようになってきたとされています。

記事によりますと、
「高圧で燃焼室に直接燃料を噴射するとともに、吸気によるスワール(燃焼室内での空気の旋回流)を利用する必要がある。このため、ピストンヘッドを皿形に加工しこれを燃焼室として使用する。」

と書かれており、ピストンヘッドを改造して凹みを作り燃焼室代わりにしようという仕様であることが理解できます。
内燃機は専門ではないのでこれ以上の言及は避けますが、エンジンの排気の流れやバルブの位置などの違いにより燃焼室の形状も大きく変わる等と書かれています。
この辺は、また機会があれば調べて見たいと思いますが、もう少し時間がかかりそうです。

改造車では、燃費の改善を確認

キハ40型機動車を直噴化改造して試験が行われたとして
記事によりますと、下記のように書かれています。
少し長いですが、全文引用したいと思います。

( 2) 直噴機関による省エネルギー

i )燃料消費率の向上第1図に57年度技術課題で現車試験を計画中のキハ40系用直噴化改造機関DMF15HSA-DIの性能曲線を示す。図中EGは電子ガパナを示し、参考にDMF13S(キハ37などで採用されたエンジン)の性能を示す。ただし、技術課題での現車試験では電子ガパナと併用で検討を進めているため、電子ガパナによる制御を行った性能曲線となっている。このため燃料消費率は168g/PS・h(1600 rpm)となり、DMF 15H S Aの192g/PS・hより約12%向上しており、走行シミュレーションでは約18%の動力費の節減が確認されている(なお本文中での走行シミュレーションは平坦・直線・5 km ・3両連結・運転時分一定で行っている)。しかし、電子ガパナを使用せず、噴射時期の切換を現状の二段切換式で行えば、機関回転速度1200 rpm~1300 rpmで最高爆発圧力(Pmax)が高くなる。このため改造を燃焼システムのみに限定し、クランク軸をそのまま使用するDMF 15 H SA-D Iでは、電子ガパナを使用しなければ、燃料消費率は172g/PS・h(1600 rpm)程度となり、走行シミュレーションによる動力費の節減効果は12%程度となる。
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ということで、国鉄では電子ガバナとエンジンの直噴改造で18%の燃費が改善できるとしています。
国鉄時代の記録として知っていただければ幸いです。


# by blackcat_kat | 2019-06-15 12:40 | 気動車
2019年 05月 25日

これからの車両を考える 旅客車編 【交通技術の記事から】

久々に更新させていただきます。
今回も交通技術という国鉄の部内向け雑誌〔昭和56年8月号〕から、「続・これからの車両を考える2」と言うタイトルで書かれた記事が有ります。
この記事を参照しながら、1981年当時の国鉄における旅客車の考え方を見ていただこうと思います。

旅客車の方向性について書かれています。キーワードは、軽量化と無塗装化
将来の客車及び貨車についての方向性などが言及されており、客車(ここで言う客車は、気動車や電車の客室を含むので正確には旅客車車体と言うべきでしょうか)については、10年程度で車両のアコモデーションを容易に変更できるような車体構造を目指すため研究したいとしています。

これまでの車両は、室内設備は固定化された構造であり、乗客のニーズにきめ細かく対応し難いきらいがあった。これは鉄道車両の寿命が長いことにも原因があり、例えば乗用車のように、寿命の短いものは時代に合わせてアコモデーションを変えることが可能である。したがって、今後の車両のうち、中・長距離旅行の目的で使われるものについては、室内のアコモデーションを容易に変えられる構造として、乗客のし好に合わせるとともに最近目覚ましい発達を示す各種内装材を、積極的に利用したいと考えている。
外板塗装の単色化もしくは無塗装化の推進
更には、外板塗装についても、特急以外は、単色化を進めたいとしています。
又、ステンレス車両等の導入を進めることとし、無塗装化を進めるとしています。
身延線の115系がワインレッドに白帯でデビューしたのは、下記の方針に沿うものでした。
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身延線115系 画像wikipedia

「識別等を目的とした帯およびマーク等は、塗装を避け、粘着テープ等により対処」
引き続き投入された、飯田線の119系も帯は粘着テープでしたが、いたずらで剥がされることが多く、に転用されたときは、再び塗装に戻されてしまいました。
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するがシャトルに転用された事もある119系 画像wikipedia

当時の国鉄における将来的な塗装に関する考え方

  • 特急車両については、国鉄の顔でもあり、従来から定着している色、塗り分けを基調としたい。
  • 今後の新形式でイメージチェンジの必要なものについては、用途および地区を考慮し、シンプルな中にも斬新さを加えたい。(185系・新キハ183系・キハ185系etc)
  • 急行形および近郊形車両については、単色にすることにより、簡素化を図りたい。
  • アルミ合金およびステンレスによる構体車両は無塗装化を図りたい。
  • 識別等を目的とした帯およびマーク等は、塗装を避け、粘着テープ等により対処したい。

更に、今後の技術開発として、列車汚水の浄化対策として、新しい形の浄化装置を開発すると言う記事が有ります。
詳細は、次回にでもさせていただきますが、汚水のうち水分と固定分に分離し、水分は浄化殺菌した上で停車中に排水、固形分は車両基地に到着後抜き取って焼却する方法となっています。
なお、浄化設備については別途機会を設けてお話をさせていただきます。

更に記事では、寝台列車のあり方についても言及されており、二階建て個室B寝台の研究が行われていると書かれています。
この車両は、スハネ25-700番台として、昭和62年3月ダイヤ改正で、「あさかぜ」1・4号でデビューしたのはご存じのとおりです。
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スハネ25-700番台 画像wikipedia

1) 普通個室寝台車一一2階建個室寝台車ー
寝台列車は、航空機に対抗する手段として、発着時間帯が適切に選択できれば、将来とも鉄道輸送の有効性が発揮できる分野の一つであると思われ、輸送力と居住性の調和が図られた寝台車の開発が望まれる。一方、就寝時のプライパシーを確保することも要請されているので現在の個室A寝台とB寝台の中間的な機能を持った2階建の個室寝台の調査・検討を進めている(第1図)
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他にも、欧風客車の開発が示唆されており、これに伴い、東京と関西でほぼ同時期に欧風客車がデビューしましたが、こうした方向性がこの時期に既に定められていたことが伺えます。

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サロンカーなにわ旧塗装 wikipedia
2) 欧風客車一一サロンカ一
室内を畳敷とした和風客車は、日本人の生活様式が欧風化されつつあるとはいえ、畳に対する愛着の強さのためか、好評のうちに増備が進められている。一方、若者向けの団体旅行用車両として、サロンおよびコンパートメント客室をもった欧風客車の検討が進められている。サロンパス等、車内に豪華な雰囲気が求められている現状をみると、欧風客車は今後の旅客のニーズに応えうるものと恩われる。
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# by blackcat_kat | 2019-05-25 21:38 | 客車
2019年 05月 02日

これからの車両を考える 気動車編 【交通技術の記事から】

引き続き、これからの車両を考えるとい言うタイトルで、交通技術の記事から、本文を引用しながら解説を加えさせていただこうと思います。
国鉄では、エネルギーの高価格時代に入ったとして、省エネルギーを前面に出した内燃機関の製作などを強く意識するようになります。
ディーゼル車両のエネルギー効率は、電気車両と比較して、前提条件が同じなら、一般に言われているほどには、トータル効率としては現状でも悪くない
恐らく、電力の効率は70%程度と言われていますが、ここには、発電時のエネルギーコストが含まれておらず、液体式気動車の場合も純粋に液体変速機から取り出される出力を引き出したら、さほど変わらないのではないかという意味で言ってるかと思われます

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デイーゼル車両に対する基本的な考え方
さらに、ディーゼル機関の直接噴射化や、燃料噴射装置の改良(電子ガバナ)の導入を上げており、さらなる省エネルギー性を求めるとしています。
以下に、本文から引用してみたいと思います。
1 今後のディーゼル車両の課題
今後のディーゼル車両の諜題として、気動車の接客設備の改善・適性化や乗り心地の向上も重要であるが、これらについては電車の項と重複するので割愛し、ディーゼル車両面有の技術開発を含む省エネルギーと省力化について紹介する。
1) 省エネルギー化を目指して(別表)エネルギーの高価格時代に入ってエネルギー効率の良否が、今後とも交通機関として生残れるかどうかの重要な決定要素となりつつある。ディーゼル車両のエネルギー効率は、電気車両と比較して、前提条件が同じなら、一般に言われているほどには、トータル効率としては現状でも悪くないが、さらに効率向上を目指して技術開発を進めていく必要がある。
ディーゼル機関の直接噴射化による省エネルギー化計画については、昭和58年度までに実用化したいと考えている。
燃料噴射時期の適性化による省エネルギー化は、燃焼改善によって燃費を向上させようというものであり、ハード的にはすでにDD14 (ロータリ一式除雪用DL) で、電子燃料制御装置を開発しており、これを応用し、来年度には耐久試験に入り、実用化に持っていきたい。
経済的にベイするならば、既在の車両へ改造工事による取付けも考える必要があろう。
とも書かれていますが、国鉄時代にキハ47で直噴化改造の試験が行われています。
これにつきましては、交通技術昭和57年8月号に「ディーゼル車における省エネルギー」というタイトルで以下のように記されています。
再び引用させていただこうと思います。
専門用語も多く難解なのですが、電子ガバナ+直噴式でかつ、新設計のエンジンでクランク角度などを適切にできる新設計ではかなりの低燃費化が期待できるとされています。
キハ37で採用されたDMF13Sが直噴式で登場したのはご存じのとおりです。
( 2) 直噴機関による省エネルギー

i )燃料消費率の向上
第1図に57年度技術課題で現車試験を計画中のキハ40系用直噴化改造機関DMF15HSA-DIの性能曲線を示す。図中EGは電子ガパナを示し、参考にDMF 13Sの性能を示す。ただし、技術課題での現車試験では電子ガパナと併用で検討を進めているため、電子ガパナによる制御を行った性能曲線となっている。このため燃料消費率は168g/PS・h(1600 rpm)となり、DMF 15HSAの192g/PS・hより約12%向上しており、走行シミュレーションでは約18%の動力費の節減が確認されている(なお本文中での走行シミュレーションは平坦・直線・5km・3両連結・運転時分一定で行っている)。しかし、電子ガパナを使用せず、噴射時期の切換を現状の二段切換式で行えば、機関回転速度1200rpm~1300rpmで最高爆発圧力(Pmax)が高くなる。このため改造を燃焼システムのみに限定し、クランク軸をそのまま使用するDMF15HSA-DIでは、電子ガパナを使用しなければ、燃料消費率は172g/PS・h(1600rpm)程度となり、走行シミュレーションによる動力費の節減効果は12%程度となる。しかし、新設計機関を前提とすれば、クランク軸の新設計も可能であるので、直噴化による動力費の節減効果は14~15%と考えられる。
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さて、堅い話はこの辺までとして、国鉄が当時考えていた気動車の形は、「新形式ディーゼル車両(急行用DC、大型DLなど)に適用していくとともに、車両の軽量化・小型化による省エネルギー化は、その車両の使用目的、運転条件によって大きく変わるので、一概に言えないが、今後は軽量ステンレス化、アルミ化の方向であり、輸送密度の低い線区での車両は、従来の20m車体にこだわることなく、小型化を指向すべき時期にきている。」
として、ステンレスや、アルミ車体の気動車誕生を予測している他、地方ローカル線では、小型化も考えられるとしています。これが、国鉄末期に投入された、キハ31やキハ32で具現化されたと言えそうですね。

下記のように記されています。
2 具体的な車両について
1) 新形式急行気動車(!ill]図)現在、急行用気動車は、キハ28・58など約1800両が稼動しているが、経年20年に達するものも現われ、老朽取替時期をこれから迎えようとしている。今後のディーゼル急行車両は、特急列車の走らない非電化支線区における優等列車用を中心として、相当両数のニーズが見込まれるので
  1. 省エネルギー化
  2. 省力化
  3. 製作コストの低減
  4. 台車走行性能向上
  5. アコモの近代化
のような基本的な考え方で開発していきたい。
として、下図のような
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ステンレスの車体による急行用気動車で、エンジンは直噴式電子ガバナ方式が誕生するのではないかと書かれています。
その反面、ローカル線に関しては下記のように、思い切った変更を図りたいとしています。
2) 軽快気動車一般形気動車として、現在キハ40・47系が量産化されているが、より経営環境の厳しい線区に適した構造・性能を持つ、一般形気動車を検討している。今後とも引き続き国鉄が運営を行っていくローカル線用の気動車として、車両費の削減、運営経費の節減を目的としたものである。したがって、思い切った発想、たとえば、17m車長、小断面車体、廃車発生品の転活用、耐用年数の見直し、自動車用部品の活用など、現在、総合的に検討している段階である。鉄道車両としてのイメージ(たとえば2軸ボギー車であること)を最小限に残しながら、国鉄経営に資する車両を開発したいと考えている。
としており、こうした内容が凝縮される形で誕生したのが、キハ31であり、キハ32であると言えそうです。
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JR九州に投入されたキハ31
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JR四国に投入されたキハ32

参考:併せてごらんください




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# by blackcat_kat | 2019-05-02 22:43 | 気動車
2019年 03月 23日

これからの車両を考える 電車編 【交通技術の記事から】第2話

本日も、国鉄時代に計画された将来の鉄道車両ということで、皆様にご覧いただこうと思います。
今回は、急行電車・近郊形電車に関するお話しとなります。
こうした計画がなされた後、国鉄の財政悪化に対して、より一層の緊縮財政を要請された国鉄は、当時余剰となっていた583系寝台車の近郊型改造など、当初の予定とは大きく異なる、様相を呈するのですが、それは、もう少し後の話です。

2) 急行形電車
国鉄本社の考え方はシンプルで、急行形・・・もう作りません、将来的に廃止する方向ですと明言しています。
昭和47年頃から特急の大衆化は一段と進み、それまでのLimited.exp.【特別な急行】という位置づけから、段々外れていきました。こうした背景には、国鉄自体の増収への意味合い【特に昭和50年以降は特急化が顕著に】が有ったと思いますし、実際に国民の可処分所得も増加して、より快適な特急で移動しようという特急選択思考が磁えてきたこともその背景に有るかと思われます。
実際、新幹線博多開業で誕生したキハ66・67は、車種としては近郊形の位置づけでしたが、ドア間転換クロスシートで、塗装も当時の標準急行色で登場しており、優等列車【急行】の活躍を求めていたと思われ、急行列車に関しては転換クロス形を思考していくと考えられていたと思われます。
実際、185系電車は当初は、急行伊豆に使用されていた、急行形の153系を置換える目的で計画され増したが、運転局【営業サイド】の要望から特急化されることとなった事はよくご存じかと思います。
急行形電車としては、今後需要がなくなり、特急化あるいは快速化としての近郊形電車へとなる。
3) 近郊形電車
近郊形電車に関しては、ほぼこの予測通りで、113系と115系を一本化した・・・211系が誕生し、東海道本線と高崎・東北線が221系に投入されました。
界磁チョッパや201系のサイリスタチョッパ制御ではなく、国鉄と東洋電機製造により共同開発した添加励磁制御による電車が開発されたのはご存じのとおりです。
従来の抵抗制御社と同じ回路構成ですが、界磁チョッパ制御と同様回生制動を使えるということで、次世代近郊形車両(国鉄211系電車)向けとして開発されたようですが、製造のタイミングで通勤型電車の205系で最初に実用化されました。
私鉄等の競合線区などのため、117系電車があるが、アコモとしてはこのタイプのものも残る・・・と書かれていますが、実際に投入されたのは関西以外では、名古屋地区【須田氏が名鉄の管理局長時代に導入】した以外は他の路線にまで広がりませんでした。
なお、比較的輸送が独立していた九州では交流専用電車が試作車として713系が誕生、その後は財政悪化もあって、既存車両の改造から、717系近郊形が製造されたほか、583系改造の715系なども誕生した。
国鉄の赤字問題がここまで深刻になっていなければ713系が増備されていた可能性もあり、引用にあるように1M2Tのスタイルで活躍していたかも知れないですね。
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まず直流用であるが、直流の近郊形電車も初期のものがすでに老朽化しており、この取替用と省力化、省エネルギー化を図った新形式車が考えられる。この電車としては、省力化としてステンレス車体の無塗装化や、省エネルギー化としての回生プレーキ、ただし停止プレーキのチャンスは通勤形より少ないため、安価な界磁制御(界磁チョッパ)を採用したものとなろう。また、回生の抑速ブレーキを採用し、現在の113系と115系の一本化したものが考えられる。乗り心地向上のため、台車としては空気ばねを使用したものとなろう。一方、私鉄等の競合線区などのため、117系電車があるが、アコモとしてはこのタイプのものも残るが、これについても、省力化・省エネルギー化の施策が盛り込まれることとなろう。
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451系改造の717系電車

 交流用としては、現在711系電車があるが、今後は、九州島内や仙台地区など、交流専用の近郊形電車が考えられる。この電車としては、直流同様、省力化施策が採られると同時に、交流回生ブレーキの採用やパワーアップと性能向上により、25‰区間までは1M2T編成程度としたものが考えられる。
 交直流電車としては、電気システムは現状であろうが省力化のための各種施策が盛り込まれた新形電車となろう。
4)通勤形電車 
通勤形電車につきましては201系の増備が続くと予測されていますが、コストダウンを図ってもなお、パワーエレクトロニクスの価格が高いこともあり、国鉄としては前述のとおり添加励磁制御を開発し、回生ブレーキを実現して、省エネ化を図ると言うことで、205系が誕生しました。
205系以降は、VVVFに移行し、面倒なブラシの保守から解放されました。
ただ、車体に関してはここでの予測のとおりステンレスもしくはアルミの車両が誕生して軽量化されたボルスタレス台車と愛まり、軽快感はありました。
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201系の後継として誕生した205系
 201系電車がここ当分の間。主として製作されることとなろう。ただし、車体のステンレス化やアルミ合金化など省力化や軽量化されたものとなろう。
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103系1000番台改造の105系

5)ローカル用電車
最後にローカル線電車ですが、105系に関しては、末期は国鉄で余剰になった103系を改造した105系が誕生したほか、飯田線では105系をベースとしたセミクロス式の車両が誕生した他、四国電化では101系や103系の廃車発生品等をを流用した車両で、コストダウンとメンテナンスフリー化を目指した車両と言えます、
2016年から機器の更新が行われ、VVVF化の上7200系に改番されており、最後の国鉄形として引き続き活躍しそうです。
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JR四国で活躍した121系電車
 地方ローカルの宇部・小野田線および福塩線用として105系電車が誕生したが、まだ、このような線区用としての需要が考えられる。この場合、地方の実情に応じた多少の変更が必要である。たとえば、勾配線区用の抑速ブレーキをもうたもの。あるいは客室般伽をセミクロスとしたもの、2ドアとしたもの、ステヅプ付としたもの等々があり、また、これらを適宜組み合わせたものが考えられる。そして、地方実情にマッチし、さらにコストパフォーマンスの高いことが必要である。
以後、デイーゼルカー編に続きます。

# by blackcat_kat | 2019-03-23 14:40 | 電車
2019年 03月 01日

これからの車両を考える 電車編 【交通技術の記事から】

国鉄時代に計画された気動車の開発等
昭和56年の国鉄部内誌、交通技術で、続・これからの車両を考えると言う記事が出ていました。
電車編・気動車編と書かれているのですが、今回は電車を取り上げてみたいと思います。

今後考えられる在来線電車の姿

これからの在来線用電車
他の交通機関が発達している中では、接客設備の改善は、今後の電車として不可欠の最重点施策の一つであるとして、冷暖房設備の完備はもとより、冷し過ぎ、熱過ぎなどについても、十分きめ細かな配慮、が必要であるとしています。
また、以下のように幾つか箇条書きにして書かれています。
  1. 腰掛け改善あるいは天井・床などの室内配色なども常に時代にマッチしたものとする必要がある
  2. 乗り心地の改善として、近郊・通勤形などへも空気ばねの採用を行う必要がある
  3. 振子電車を基本に、都市間輸送の時間短縮を行う必要がある
  4. 最高速度についても、現状ではプレーキ距離の制限など制約事項が多いが、140~150krn/hを目標とした技術開発を行う必要がある
  5. 省エネルギー化として、直流・交流との回生プレーキの幅広い使用
  6. 車両軽量化について、車体の軽合金または軽量ステンレスの採用
  7. 電気品等の部品の軽量化
  8. 車体のステンレス化や経合金化は、腐食防止にもなり、寿命の延伸とともに、保守の省力化を図ることにもなる
  9. 個々の部品についても、保守の必要のないものや、保守回帰の長いものを採用(MGのブラシレス化や静止インバータ化など)
  10. MT比を小さくすること
といった内容が列記されていました。
これを受けて、下記のような車両が考えられるとしています。

あくまでも、国鉄時代に想定された内容であり、その後のJR各社の動きと比較して貰えると面白いのではないでしょうか。

在来線特急電車【直流編】
直流電車に関しては、381系と185系の各々改良型がその中心になるんではないかと予測しているようです。
本文から引用してみたいと思います。

直流電化区間のうち、比較的距離が長く、曲線も多い場合が多く、曲線でのスピードアップを行う必要があり、381系あるいはその改良版となるであろう、としています。
また、伊豆方面や房総地区のような、比較的距離の短い特急では、185系を基礎とした特急車となると予測しています。
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381系振り子式特急電車
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近距離特急は185系に


更新を通知する
現在の特急電車としては、直流では183系、交直流では485系、交流では781系が主体であり、また、曲線区間の高速化のための381系電車がある。
今後、東北・上越新幹線が開業すると、必然的にこの流れが変わってくる。直流用としては、中央線や紀勢・伯備線などのように比較的距離が長く、曲線も多い場合が多く、曲線でのスピードアップを行う必要があり、381系あるいはその改良版となるであろう。また、今回185系電車が誕生したが、伊豆方面や房総地区のような、比較的距離の短い特急では、むしろ185系を基礎としたものの特急車となろう。
在来線特急電車【交直流編】
予測では、485系電車は田沢湖線などで使われるであろうが、将来的には交流専用電車が増えて、全体としては、交直流電車の増備は減るのではないかと書いています。
また、交流電車で381系の振り子タイプを開発することになるのではないかと書かれています。
なお、肝心の485系の代替になる交直流電車は、北陸本線や、常磐線で残ることになるので、こちらでは、最高速度140km/h、曲線通過速度が本則+25km/h程度で走行できる電車を開発する必要があるとして、車両軽量化と軸重・ぱね下荷重の低減、さらには信号体系の見直しなどを行うとしています。
再び引用したいと思います。
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485系特急電車
交流特急、は現在、北海道のみで運用されていて、東北新幹線が開業後は485系が余剰となり、田沢湖線や九州島内でも交直流が走ることとなるが、数年して初期の交直流特急車が老朽取換えとなるため、その後は交流専用の需要が多くなろう。また、使用線区からみて曲線・勾配等も多く、381の交流夕イプとしての。振子構造とする必要がある。一方、省エネルギー上から交流回生ブレーキの採用などが考えられる。特急車では駅間距離が長く停止ブレーキを便用する機会は少ないが、ポイント制限や曲線などによる制限のため減速するチャンスが多く、一例として、札幌~函館間の比較的線路条件のよいところでも。シミュレーション結果では。回生ブレーキ (抑速付)により約10%の電力節減が図られる(特に交流回生では、同一き電区間に力行する車両がなくとも、回生ブレーキが可能である)。
 交直流の特急車としては、使用線区として常磐線や北陸線などが考えられ、485系の後継の車両として、特に北陸線では距離も長く、新幹線がなく。高速化が望まれるところである。この場合、さらに最高速度を上げたものの開発が必要であると同時に、曲線速度の向上も必要で、目標としては最高速度140km/h、曲線通過速度が本則+25km/h程度が必要である。このためには。車両軽量化と軸重・ぱね下荷重の低減、さらには信号体系の見直しなど、今後解決すぺき問題が多い。一方、常磐線用などでは、近距離でかつ大量輸送の必要性があり、485系あるいは185系を基本としたものの省力化版となろう。
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781系電車【画像wikipedia】

以後、急行電車編、通勤・近郊電車編に続く


# by blackcat_kat | 2019-03-01 22:44 | 電車
2019年 02月 06日

151系誕生で開発された技術 ディスクブレーキの話

新型特急電車誕生と技術開発
国鉄初の本格的特急電車は、151系ですが、151系を開発するために多くの技術開発が行われました、そこで、誕生までにに導入された技術を箇条書きで書いてみたいと思います。
以下のような新しい技術が開発されました。
  • ディスクブレーキ
  • 高速台車
  • 空気バネ
  • パンタグラフ
  • 冷房装置
高速電車のために開発が進められたディスクブレーキ

昭和33年2月号の、交通技術と言う資料によりますと、以下のように書かれています。
試験は昭和32年12月9日~14日に中央線で現車試験が行われたとされています。

試験に供されたのは、クハ76059で、中央線で行われたそうです。
上記写真のように、台車にディスクを取り付けていました。
当時の資料から引用してみたいと思います。
1.試験のための改造内容
クハ76059号をディスタブレーキ付に改造した。台車側の改造は、TR48台車をカット写真の如く、試験用のため1軸当りディスク並びにシリソダー各箇取付けたほか、第1及び第2軸には鋳鋼製ディスクを、第3及び第4軸鋳鉄製ディスクを取付け、その上第1及び第3軸に一体式プレーキライニングを第2及び第4軸に分割式のものを取付けた。車体側には試験でディスクプレーキのプレーキシリンダ圧力を調整するためのSC抑圧弁及び試験に必要な配管並びに測定用の圧力計などを取付けた
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試験は、試作台車を履いた、クハ76059+電動車の編成とした、A編成
同じく、クハ76059+電動車×2+制御車 の編成としたB編成が組まれ、以下の日程で試験が行われたとされています。

試験日程
昭和32年12月9日、10日・・・・A編成を使って、三鷹~浅川間で試験運転(予備試験)
     12月11日、12日・・・ B編成を使って、塩山~酒折塩聞で試験運転(高速試験)
     制動距離600m程度を狙って制動をかけディスクの種類などの違いによるライニソグの消耗状況等を調査
     12月13日、14日・・・ B編成を使って、初狩~塩山間試験運転(勾配線で連続ブレーキ)

試験の結果は、再び本文から抜粋して見ようと思います。
ディスク材料は、鋳鉄の方が鋳鋼よりも有利であり、ブレーキライニングの形状は一体式より、分割式の方が良いとして、新湘南電車(153系のこと)や特急電車の附随車として、試験程度のディスクを1輪に2筒使用すれば設計可能と云うことになるとしています。
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特急「こだま」に採用された、付随台車TR58形台車

ディスクが車軸の間に、設けられている。

動力台車にも、ディスクブレーキが採用されることに
昭和35年に大出力機関(DMF31HS系)を採用したキハ60が試作されました、この車両はエンジンの不具合などもあり量産されることはありませんでしたが、動力車にもディスクブレーキが試用されました。
キハ60は量産化はされなかったものの、キハ82を先頭車とする80系気動車では、この時開発されたディスクブレーキ方式が採用されたほか、155系(修学旅行用電車)のモハ車にも同様の構造のディスクブレーキが採用されました。
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車輪そのものをブレーキディスクとしたDT31A台車
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DT31A台車の外観

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# by blackcat_kat | 2019-02-06 23:08 | 電車
2018年 12月 29日

スラブ軌道の話

かつて、大阪に本社を置く軌道保守会社のホームページ製作のお手伝いをしたことが有り、【主に企画段階でのレイアウト及び調整事務等】その際少し軌道のことを勉強させていただきました。【現在その会社のホームページはリニューアルされていますので、見ることが出来ませんが、社長を擬人化したアニメーションGIFをトップページに持ってくるなど、堅いイメージを払拭するものでしたので、ご覧になった方も居られるかもしれませんね】

さて、余談はさておき、今回は軌道のお話のうち、「スラブ軌道」について簡単にお話をさせていただこうと思います。

スラブ軌道の開発が始まったのは、昭和40年だそうで、昭和42年12月には、東海道新幹線 名古屋、岐阜羽島両駅構内に試験敷設されたと記録されています。その後、北陸本線の浦本トンネル【浦本駅~能生駅間】他4カ所に敷設されたと書かれています。

以上 交通技術 昭和46年8月参照

スラブ軌道の特徴は、

  1. 道床作業が不要となり、大幅な省力化が可能
  2. 仕上り精度が良いので,乗り心地が良く、安全度が高い
  3. 修繕資が減少する。と同時に、高速化に対する追加投資は必要としない
  4. 土木桝造物の建設費の節減が期待でぎる
とされています。

実際には、高架軌道上にコンクリートで固定された軌道を据え付ける構造のため、騒音は大きくなる傾向になります。
最近は、ラダー軌道等と呼ばれる騒音に配慮した軌道が開発されています。
スラブ軌道の構造は?
さて、スラブ軌道の構造について少し見ていきたいと思います。
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路盤コンクリートの上に、軌道スラブと呼ばれる、ブロックを載せる方式で、路盤コンクリートの突起を挟むように設置されれています。
敷設後は調整モルタルで固める方式となっています。

交通技術の記事には、地平区間でスラブ化した記録が出ています。
少し見てみましょう。
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バラストから、アスファルトに変わっている区間が

スラブ軌道は、山陽新幹線をはじめ、当時高架化された区間では国鉄・私鉄を問わず採用されましたが、構造上コンクリートの上にコンクリートを載せる方式のため、騒音問題はクリアできず、スラブ軌道の下にゴムを敷く防振軌道などもの研究開発が行われています。
また、その後鉄道総研が開発した技術として、ラダー軌道というものがありますが、これは次回にでもお話をさせていただこうと思います。

参考文献
交通技術 昭和46年8月号

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# by blackcat_kat | 2018-12-29 12:46 | 線路
2018年 12月 02日

ワキ10000形貨車のお話

高速貨車が誕生した頃の国鉄を取り巻く環境
国鉄が、高速貨車を誕生させたのは、昭和41年でした。
名神高速に続き、東名高速も開通した頃で有り、本格的なトラック輸送が幕を開けようとしていました。
国鉄の貨物輸送は、旧態依然としたヤード系輸送が中心で有り、近距離を中心に貨物輸送が浸食されている時代でした。
そこで、国鉄としても貨物輸送の近代化を図るため、昭和39年2月14日に国鉄本社内に、貨車近代化委員会を設置し検討が開始されました。

  1. 輸送方式の近代化および、列車の高速化に対応し、かつ保安度を十二分に備えた貨車のあり方
  2. 積載貨物の品質および取引単位に適合する貨車のあり方
  3. 貨準近代化に伴う運賃料金その他輸送制度
などについて調査審議してきたが、貨車近代化の基本方向についてはおおむね次のような中間結論を得、去る十月二十七日第330回理事会において了承されたということで、下記の通り決定されました。
その方向性としては、
  •  全国主要都市に貨物拠点駅を設け,拠点駅間に高速貨物列車を設定する。列車の単位は600~1000 t とし、EF65形電機の単機または重連けん引とする
  • 列車の速度は,主要駅について貨物の有効時間帯輸送に対応する所要到達時間から最高110km/h以上とする
  • 高速性能を備える必要から,貨車は2軸ボギー車とする
  • 今後の貨物輸送形態は,コンテナ方式とパレット方式を主力とする
高速貨車、ワキ10000の試作

と言った内容で有り、この基本線に沿って高速貨車の具体的な開発計画が検討された結果,40年12月を目途に高速コンテナ列車1編成を試作し,東海道本線で試用することとなり,その先行試作としてこのワキ10000形式有ガイ車が試作されることになりました。
ワキ10000形は、ワム80000をベースにスペースを拡張して、ボギー車としたものでした。【同時期にワキ5000が誕生していますが、こちらは、ワキ10000をベースに85km/h車として量産した車両で基本的な荷室の構造は同じ。】
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ワキ10000をベースに量産されたワキ5000

ワキ10000は、貨車で空気バネを使用した貨車として注目されますが、止むに止まれぬ事情があったようです。
当時の交通技術という部内誌を参照しますと、その辺が記載されています。
問題点の第1は、積車時と空車時の重量差が非常に大きいこと、第2には、貨車は一定の配属個所がなく全国共通運用であることである。第1の問題点とは、たとえば自重30トンの通勤電車でも最大荷重はせいぜい20トン程度にすぎないのに対し、現用のコンテナ専用ボギー貨車でも自重16トン、荷重32トンで、積載重量48トンは空車重量の3倍にもなることである。
連結器の中心レール面上からの高さは、一般貨車では空車時最低835mm、積率時最低790mmと制限されているが、この制限内におさまるパネで、しかも高速性能をよくすることは、相反する条件をパネに要求することであり、その設計は極めて困難である。これの解決策としては、柔いコイルパネを使用する方法と、荷重の有無に関係なく車体の高さを一定に保つことができる空気パネを使用する方法との、2つの方法しかない。
試作車に関しては、比較検討のため、空気バネ台車の TR93 形(汽車製造東京支店製)とコイルバネ台車の TR94 形(三菱重工業三原製作所)の2種類が試用されました。)
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他にも貨物列車と言うことで、特殊な事情がありました、貨車の場合最高速度が低く抑えられてきた背景には、最高速度から非常ブレーキで600m以内に停車しなくてはいけないという基準でした。
特の貨車の場合、最高速度を上げてかつ、この距離を実現しようとすると、空走時間を短縮するための電磁弁の設置や、ブレーキの緩解を早めるために在来のブレーキ管に加えて、元空気だめ間を引き通さなくてはなら無いという問題が生じました。
高速化車の場合、こうした作業が従来の貨車のブレーキホースの接続以外に作業として増えることとなるわけです。
ただし、国鉄線上で運用する場合、1両単位で他の貨車と連結する場合も考えられるため、従来のブレーキホースも省略できないという問題を含んでいました。

そこで、そうした作業を少しでも軽減できるようにと考えられたのが、ブレーキ管と連結器を一体化した連結器が開発されることになりました。
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なお試作車は、緑2号(湘南電車の緑色1色)に塗られており、戸袋も、ワム80000と同じ鋼製で製作されていたため、非常に重く、具合が悪かったことから、量産車ではアルミ製引き戸に変更されています。
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白黒ではイメージ掴みにくいですが、緑1色だったそうです。

なお、その後試作車も量産貨車と同じ鶯色に変更されたそうです。

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量産型のワキ10000はアルミドアとなり無塗装化で目立つ存在に

参考文献
鉄道ピクトリアル、昭和40年6月・10月号
100年の国鉄車両
交通技術 昭和40年5月号

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# by blackcat_kat | 2018-12-02 18:23 | 貨車
2018年 10月 11日

気動車発達史 番外編 気動車寝台

寝台列車の常識を変えた、電車寝台

国鉄形の代表する電車として、寝台電車583系を御存じの方も多いかと思います、昭和42年10月改正誕生した寝台電車で、昼夜ともに走行できるように考えられた列車でした。
昭和40年代は、高速道路も開通しておらず、新幹線も東京~大阪間しか開通しておらず、長距離の移動も鉄道が主流でした。
寝台列車の需要も多いのですが、寝台列車はその性格上、昼間は客車区で留置せざるを得ず極めて効率の悪いものでした。
そこで、昼間も運転することで車両の使用効率を高めることを目的として開発されたのが581系電車でした。当初は、急行で検討されており、153系500番台の前頭にナハネ10を合成したようなイメージの車両で計画されたそうです。
その後検討段階で、急行だと折り返し時間に支障が生じることが判明したため、特急で運用することとなったそうで、その際従来の発想に捕らわれない形で計画されたのが581系でした。
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1等B寝台(A寝台開放式)を3段化した上で特急列車の昼行列車にも使用しようというもので、夜間の3段寝台は天井高さは圧倒的に低くて圧迫感はありましたが、下段で1m、中、上段で70センチメートルのベッドは快適で、浴衣も付くと言うことで、客車寝台よりも高めの設定でしたが、好評であったと言われています。

電車や気動車の寝台列車は、いつ頃から構想としてあったのでしょうか?

寝台電車構想は、いつ頃から有ったのでしょうか。
少し気になりましたので、調べて見ますと、昭和36年2月の交通技術という国鉄部内誌に次のような記述がありました。
昭和36年2月号 交通技術と言う雑誌の「車両運用の話」というタイトルで、気動車運用の向上に関する2~3の考察として、「夜行列車への使用」という記述が見られます。
少し長いですが、引用させていただきます。
iv)夜行列車への使用
気動車は支線区が多いため、夜間はほとんど滞泊の状態であるから、この時間帯を有効に使用できれぱ運用効率がよくなることは明らかである。現在、2,000両あまりの気動車を保有しながら.午前2時現在、運転している気励車列車は、広鳥~米子間の準急「夜行ちどり」号と、新宿~松本間の準急「第2白馬」号の2往復気動車として約20両にすぎない。これは、いままでの通念として、気動車は騒音が高いため夜行列車への使用は不可能とされているので、実際に使用するとなると、ちゆうちよされている場合か多い。しかし実際には。停車中の機関アイドル運転にいくぷん難があるとしても。走行中の騒音は電車に比較して。ほとんど差違はないのである。
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交通技術 昭和36年2月号から引用
これによりますと、「停車中は騒音や振動に難があるが、走行中は電車とさほど変わらない」として、可能性に言及しています。
もちろん、これは技術者の妄想の段階をでていないと言えるわけですが、昭和38年4月には、実際に気動車を利用して寝台気動車の計画がなされていたのでした。

電車寝台以外にも、気動車寝台も研究されていた?
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キハ52 画像 wikipedia

実は、昭和38年4月に、盛岡機関区所属のキハ52-107号車に改造を施したそうで、寝台間仕切りも仮設【ナハネ10タイプ】されていたと、鉄道ファン昭和38年7月号に出ていました。
これによりますと、寝台気動車を開発が目的と言うよりも、新構想の機関支持装置を使って優等気動車の乗り心地改善などを目的として計画されたものだと書かれています。
ただ、寝台列車への可能性もあったからか、室内には寝台を一区画だけ仮設しています。
なお、改造された当該車両と、一般車両を連結して乗り心地や振動などを比較するとされていました。

なお、試験日程は、4月15日、22日は盛岡工場で実施され、走行試験は4月16日、17日、23日の三日間、橋場線【現・田沢湖線、盛岡~雫石間】で運転されたと記録に残っています。


これによりますと、機関変速機を車体から切り離して中空に浮かせるようにするとともに、推進軸の応力を打ち消すための推進軸の下に軸を新設したと書かれています。下写真参照
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推進軸上の円柱状のものが変速機を支える懸架装置

車内の写真は下記の通り、寝台区画をイメージさせるために寝台のセットが作られています。左側上に上段?【中段】のベッドがチラッと見えます。
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屋上に放熱器が設けられており、その後キハ90などにも踏襲された。屋上放熱器が設けられています。
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いずれも、鉄道ファン昭和38年7月号【25号】から引用

記事では、貴重なデータを得られたと書かれていますが、実際には気動車寝台列車は誕生しなかったことを考えると余り成功とは言えなかった、のではないでしょうか。

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# by blackcat_kat | 2018-10-11 23:25 | 気動車
2018年 06月 13日

気動車発達史 番外編 客車改造客車

客車を改造して気動車にした話 50系客車を改造して、気動車に・・・。
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JR西日本では、1988年に50系客車を改造したキハ33形気動車が2両製造されました。
余剰気味の50系客車を改造して、ローカル気動車に改造しようとしたようですが、以外と改造に費用がかかったからかもしれませんが、試作の2両で終わってしまいました。
鬼太郎列車に改装されたりして、山陰本線・境線を走っていました。
聞けば現在は、1両は津山で保存されているとのことですが、実は客車を改造した気動車が、昭和30年代にもありました。
それが、今回お話しする客車改造気動車キハ08のお話です。

国鉄時代にも改造された、客車気動車
昭和35(1960)年に北海道支社長が、客車の気動車化を提案されたそうです。
当時は、毎年300~400両の気動車を増備していましたがそれでも十分に需要を満たせていないことと、余剰になるであろう客車の有効活用を目指して、試験的に改造されることになったもので、オハ62・オハフ62を改造して、それぞれ両運転台式の、キハ40【1両】、片運転台式のキハ45【2両】を製造することになり、苗穂工場で改造されており、昭和35年11月には改造車3両が落成したそうです。
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画像は、加悦鉄道に保管されているキハ08

余剰になるであろう客車を改造する事で車両の有効活用
改造要領は下記の通りで、当時の交通技術 昭和36年1月号から引用させていただきます。
キハ40の改造要領は、車体両端の出入台を一般動車と同様の運転室に改造するのだが、運転室側は開戸をやめて落し窓のみとした。乗降口及ぴ客室間仕切はそのままの形で内方に移設、客室内椅子はそれに伴なって8個撤去し更に両端部は長手腰掛とした。機関は車体台枠下面が狭いため、キハ80と同様横型DMHI7H(180PS/1500rpm)とし、上つり式である。変速機もキハ80に向じ補助噛合装置つきDF115Aである。
とされています。
更に、一般気動車と連結するため、密着自動連結器に変更した他、ブレーキも従来の液体式気動車に準じていましが、ブレーキ倍率を9.6に上げています。
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上記2枚は、交通技術昭和36年1月号から引用

鈍重な気動車で、運用にも支障が
ただ、同時期の普通気動車が自重30t~32t程度であったのに対して40t近くとなり、鈍重なイメージは避けられません。
なお、台車は動力伝達側はDT22A台車が使われ、反対側はTR11に代えて、TR23台車を履いていました。
車体塗色は、当時の国鉄気動車標準色である、(朱色4号とクリーム4号)に塗り分けられており。
歌志内線で運用されていたようです。

昭和37年には釧路地区で使用するため、キハ40【両運転台】並びにキハ45【片運転台】が増備されたそうです。この車両では、非動力側もTR23ではなく、気動車用のTR51Aが新製されたそうです。

また、キハ52との併結を前提として、エンジンを持たない車両が、小倉工場で昭和36年に1両、多度津工場で昭和37年に2両が、オハフ61形を種車として、キクハ45が誕生し、山形地区及び徳島地区で使用されたそうです。
他に、昭和38年には、同じくオハ62を気動車化した。キサハ45が北海道の五稜郭車両所で製造されたそうですが、昭和41年には早々と廃止されたとされています。

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# by blackcat_kat | 2018-06-13 23:27 | 気動車