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鉄道ジャーナリスト blackcatの鉄道技術昔話

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2020年 04月 26日

桜木町事故と緊急工事

昭和26年4月に起こった桜木町事故は、世論もそして国鉄にとっても痛恨事でした。
この事故の概要は下記のとおりです
横浜の国鉄桜木町駅で、京浜東北線の電車が発火 4/26
午後1時40分ごろ、京浜東北線赤羽発下り電車(モハ63形、5両編成1271B列車)が終点桜木町駅手前50Mの架線上にさしかかった時に、碍子交換工事中に誤って切断され垂れ下がっているのを発見、ブレーキをかけたが架線はそのまま先頭パンタグラフに巻付き屋根に接触して発火、1両目は全焼、2両目も半焼して106人が焼死、92人が重軽傷を負った
この事故の発端は、電柱で碍子の交換作業をしていた作業員が誤って、器具を落とした際、架線と接触してスパークが発生し、架線のトロリーワイヤーが溶断したことで、架線が垂れ下がったことがそもそもの原因で、その後、電力区の現場責任者【班長】が信号扱い所に、場内信号の停止を依頼するのですが、信号手は運転管理主任【駅長もしくは当直助役】の指示がないからと言たこと、
また、電力区側でも異常を感知できず、送電が続けられたこと
運転士も架線の垂下、気づかずそのまま進入したこと
更に運転士は、Dコックの存在を知らず、一両目が激しく燃えていたが、乗務員室と客室のドアを開けていれば多少は救出も出来たと思われますが、そのドアも開けずに、運転士自身が外に出たこと、同乗していた検査掛が事故発生後すぐ運転台から出てしまう一時期行方不明になったことなどの問題もありますが、電車自体が燃えやすい電車であったことが一番の原因でした。
当時の運転士などの証言は、弊ブログで随時公開しています。

現在、第13回まで掲載していますが、一ヶ月一回程度の更新のため中々進んでおりません。


国鉄のショックは大きく、国鉄は緊急対策を策定することに
国鉄は、事故発生後の三時間後には、戸締め三方コックの操作に関する通達がなされ、大井工場には、非常時に車外あるいは他の車両に非難できるサンプル用車両を改造ずる指示が出されたそうです。
改造に供された車両は、モハ63552号とモハ63563号であり、緊急改造工事が行わたそうです。
  • 妻面の貫通開き戸の撤去
  • 桟板・幌【横須賀線のものを流用)
  • 側の各入り口の引き戸を乗客が操作して開けられるように、三方コックを車の中央寄出入口の戸当り吹寄に、赤粋付きのガラスフタ設けて設置するほか、元々設置している、各腰掛け下の三方コックには操作用の穴の回りに赤ペンキを塗って注意喚起することとしました。
  • 床下の三方コックも両側に取り付けて車外からも圧力空気を抜いて側引き戸を開けられるようにする
上記の改造を施して、事故の4日後4月28日は報道陣に公開され。更に2日語に国鉄総裁野鶴局長による検討が行われ、下記のとおり追加改造工事が行われることとなりました。

桜木町事故と緊急工事_a0091267_23204714.jpg
63形電車改造のイメージ

追加で決定された緊急改造工事の内容

  • パンタグラフの二重絶縁工事
パンタグラフはモハ63形は直接車体に碍子だけで取り付けられていましたが、絶縁が破壊されると火災の危険性があるため、碍子野下に絶縁物を通して取付けるようにしました
  • 警報装置の新設とブザ回路を24Vに改造
ブザー装置は、従来運転士と車掌の間で、連絡用に設置されていましたが、架線からの電源を利用して使っていたので、停電時には使えなくなるため、蓄電池24Vで使用できるように回路を変更、停電時でも対応できるようにしたもので、警報装置は、車内に設置された非常警報装置のつまみを引くと、ブザーが乗務員室【運転士・車掌】に鳴動すると共に、該当車両の側灯が点灯する仕組みとなっています。
  • 天井に防火塗料塗装
当時の電車は半鋼製と呼ばれ外板は鋼製でしたが、天井などは木製の屋根にキャンバス貼りと呼ばれる布が巻かれていましたが、これに防火塗料を塗って、延焼被害を少しでも減らそうと言う努力がなされたのですが、当時の技術では十分に性能満たせる断熱塗料がなく、14種類の塗料を比較してみた結果、なんとか使えそうなのが国産で1種類、外国産で1種類、耐水性に劣るが天井内側などであれば使えそうなものが国産で1種類だったそうです。
参考記事 鉄道ジャーナル 昭和52年 8月号
            交通技術(s26)_8.9月号
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# by blackcat_kat | 2020-04-26 23:21 | 電車
2020年 01月 25日

短命に終わった50系客車

老朽化した一般客車の置換え用に開発
50系客車と呼ばれる客車が、昭和52年に誕生しました。
昭和31年以降、一般型と言える客車は製造されておらず、これら老朽化していた、旧型客車を置き換えることを目的に開発されたものが50系客車でした。
もちろん、急行形客車等の格下げ改造【スハ43など】で全体としては改良が進んでいるとはいえ、引き続き手動ドアであることから、安全面でも問題があり、昭和52年当時で90%以上の客車が経年20年以上を経過していることから、早急な取り替えが必要と考えられていました。【国鉄時代は、特急車両で概ね16年から18年、その他の車両は20年前後で置き換えられていました】

一般客車で初めて、自動ドアを採用
50系客車の特徴は、やはりなんと言っても、自動ドアの採用でした。
乗客転落事故等が問題視されていることから、自動ドア付きの客車が条件とされました。

基本的な仕様を、当時の資料【交通技術 1977年5月号の記事から引用してみたいと思います。】

新形式客車の基本的考え方新形式客車の設計にあたって、基本的な考え方として次の事項を考慮した。
  1. 一般用客車の取替用とする
  2. ローカル用とし、最大車両長および車体幅は在来車並みとする
  3. 他車種とのサーピス水準の調和をはかる
  4. 在来車との連結をはかる
  5. 側引戸の自動化等、旅客の流れの改善および居住性の向上
  6. 車掌業務の効率化
  7. 構造・部品の標準化をはかる
  8. 最高速度95km/h
なお、貨物用機関車などとの併用ができる線区として、検討した結果、
仙台地区、広島地区、および筑豊地区に投入されることとなり、通勤通学輸送対策用として昭和51年度第2次債務車両計画において、1978年には78両【内訳は下記の通り】が誕生しています。
  • 筑豊地区 36両
  • 広島地区 31両
  • 仙台地区 11両
朝夕の通勤時間帯などで威力を発揮
通勤・通学などの輸送に主眼が置かれていたこともあり、従来客車と異なり、両端部はロングシートとするとともに、出入り口も両開きの大きなものとしていました。
なお、緩急車のオハフ50は、前後に乗務員室が設けられていました。
主要な諸元は下記の通りです
  • オハ50は、室内中央はクロスシートとし、出入台近くはロングシート、両端は出入台を配置する。
      • オハフ50も基本仕様は同様であるが、客室後位に便所と乗務員室、前位には簡易乗務員室を設ける。下図参照

短命に終わった50系客車_a0091267_22253583.png
オハフ50
短命に終わった50系客車_a0091267_14513032.png
オハ50
交通技術 1977年5月号から図は引用

  • 乗客の乗降をスムーズにするため、側引戸を1,000mmに拡幅して、出入台を広くする。
  • 出入台と客室仕切りは、両引戸(連動)構造で拡幅し、オハフ50については、前位は両引戸、後位は引戸とし、戸袋にはそれぞれ窓ガラスを設け、明るく見通しをよくする
  • 客室側窓は、上下2枚の窓ガラス戸をユニット構造
  • 便所は、車両用強化プラスチック製による難燃性ユニット方式
  • 連結・解放作業が多いので、事端部における空間を多くとるため、妻部(連結面)は後退角をつける。
  • 車体幅については、現用の一般客車と同じ、2,800mm
等となっていました。
ローカル線の普通列車用と言うことで、冷房装置の設置は見送られ、準備工事も行われていませんでした。
また、台車も同様の理由でコイルバネの台車はTR230形(14系客車の空気バネをバネに変更したもの)が採用されました。
短命に終わった50系客車_a0091267_14500796.jpg
画像 wikipedia

また、客車の場合従来自動連結器が採用されていましたが、50系客車では12系客車以降と同様、小型自動密着連結器が採用されました。

電源車は保有せず、自動ドアの開閉用空気は機関車から供給
50系客車は、自動ドアが採用されましたが、ドアエンジンの空気の供給はどのようになっていたのでしょうか。
それは、機関車から供給されるようになっていました。
機関車には、ブレーキ管とは別にブレーキを見ますと、白色のコックがあるかと思いますが、これがMR間と呼ばれるもので、この管を経由して自動ドアの開閉用空気がかかるようになっていました。

ただ、誕生した時期のタイミングが悪かったこともあり、ローカル線の廃止や、短編成化、頻発運転の増加などで客車としての運用できる場所が少なくなり、特に昭和57年以降の荷物列車削減などで、客車列車自体が大幅に削減され、余剰車が発生する事態となり、青函トンネル用に転用されたり、イベント列車に改造された車両等を除けば、比較的早い時期に淘汰されてしまいました。
九州地区の50系客車は冷房化され他ものが少数有りましたが、平均すれば10年前後で廃車・解体されてしまいました。


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# by blackcat_kat | 2020-01-25 14:48 | 客車
2019年 11月 06日

客車暖房が電気による方法が検討された頃 最終編

すみません、1ヶ月以上も放置してしまいました。
電気暖房に関するお話をさせていただこうと思います。

前回書きましたが、車両と機関車の間には、1500Vの交流電源を流すためのジャンパ線が客車にひき通されたのですが、電源が切れてない状態で切り離したりするのは非常に危険であり、戦前は一部の列車で直流1500Vで電気暖房が行われていたのですが、取り扱い誤りによる感電事故による死傷者が発生したことから、2段階のスイッチをもうけることとなりました。

前回少し書きましたが、補助回路と主回路にわけて、補助回路は100Vの電源とし、下図のように補助回路を外すと、主回路の電源も切れるようになっていました。
客車暖房が電気による方法が検討された頃 最終編_a0091267_21281222.png
客車暖房が電気による方法が検討された頃 最終編_a0091267_21303152.png
当時の電気暖房用ジャンパ線

当時の説明図を見ると、車両の左右両方に上下2個のジャンパ線受けが描かれています。
客車暖房が電気による方法が検討された頃 最終編_a0091267_21310528.png
画像は、いずれも、交通技術、昭和33年11月号から引用
実際には、下記のようなジャンパ線が客車に設けられたため、上記のようなイメージにはならなかったようです。

以下の画像は、交通技術、昭和34年5月号からの引用
客車暖房が電気による方法が検討された頃 最終編_a0091267_21435762.png
床下に設けられた変圧器、1500V→200Vに降圧する
客車暖房が電気による方法が検討された頃 最終編_a0091267_21445548.png
床下に設けられる、電熱ヒーター
客車暖房が電気による方法が検討された頃 最終編_a0091267_21440791.png
改造工事中の客車の様子
客車暖房が電気による方法が検討された頃 最終編_a0091267_21505075.png

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# by blackcat_kat | 2019-11-06 21:54 | 電気機関車
2019年 10月 03日

客車暖房が電気による方法が検討された頃 中編

前回は電気暖房に関して書かせていただきましたが、本日も引き続き、電気暖房に関するお話をさせていただこうと思います。
その前に、ふっと疑問に思ったのは、東北本線への電化として昭和33年11月号に書かれた記事なのですが、それ以前に電化された北陸本線はどうだったのか?
少し気になったので、確認してみました。

北陸本線の場合は?
北陸本線は電化当初は、蒸気暖房でした。
画像は、100年の国鉄車両(交友社)から引用させていただきました。
左側のジャンパーが撤去されて、電気暖房のジャンパーに置き換えられますが当初は総括制御用にジャンパーが設けられていました。
客車暖房が電気による方法が検討された頃 中編_a0091267_23483363.jpg
交友社 100年の国鉄車両から引用

ただ、素朴な疑問として電気暖房になってからの話ですが、米原方面に向かう列車であれば、田村から余熱で走ってこれたでしょうが、その逆の場合、室内温度はかなり低くなっていたのではないでしょうか。
まして、米原=名鉄 田村=金鉄と管理局が異なっていましたので、その辺は上手くいったのか否か、すごく気にはなります。
ご存じの方おられましたら是非ご教示願います。

東北本線・常磐線に絞って検討が続けられたのは、ED71形機関車の設計時期が迫っていたことも一つであり、総花的に検討せずに、今後電化が予定されている東北本線と常磐線に絞ったそうです。

暖房方式と蒸気暖房の得失

電気暖房方式は、蒸気暖房方式と比較すると、電気機関車側で必要となるのは、変圧器のみで、蒸気発生装置や石油・水の搭載が不要となる。その反面、客車には暖房用のヒーターと、変圧器を導入する必要があり、車重が増加してしまいます。
運用コストは、投下資本では、電気式は投下資本で約8,500万円ほど高くなるが、年間経費では1,300万円ほど安くなるとし、6~7年程度で回収できると言われました。
ただし、この試算通り行くとは限らず、国鉄では、運用による焼却だけでなく、たに有利な点がないかと言うことで、下記に示すような圧倒的に有利な点を挙げています。
客車暖房が電気による方法が検討された頃 中編_a0091267_23572426.png
交通技術昭和33年11月号から引用
電気暖房のメリット

蒸気暖房は、機関車に近い側は暑く、遠ざかるほどスチームの効きが悪くなるうえ、温度調節が難しいが、電気式の場合は1両単位での暖房の調節も容易で、場合によっては、ボックス単位で温度設定をすることも可能です。
デメリットとして、客車の運用が制限されるという問題がありました。
このため、東北・常磐線専用の客車を準備する必要があると言うことになります。


電気暖房装置のつなぎ図

主回路は、トランスで200Vに降下されて、座席単位にヒーターが設けられており、照明などにも使われたようです。
客車暖房が電気による方法が検討された頃 中編_a0091267_00004397.png
交通技術昭和33年11月号から引用
客車暖房が電気による方法が検討された頃 中編_a0091267_00010451.png
交通技術昭和33年11月号から引用

さらに、取扱の安全を期するため、主回路と補助回路で構成されており、連結時は補助回路が構成されないと主回路に電流が流れず、外す場合はその逆で、補助回路を外すと、主回路の電源も切断されるようになっていました。
客車暖房が電気による方法が検討された頃 中編_a0091267_00030539.png
客車に連結された、ジャンパー線等のお話はまた次回にさせていただきます。

続く



# by blackcat_kat | 2019-10-03 00:04 | 電気機関車
2019年 09月 25日

客車暖房が電気による方法が検討された頃 前編

国鉄部内紙、交通技術を参照していますと、昭和33年11月号の記事に「交流電化と電熱暖房」という記事がありました。
この頃から、電熱による暖房が計画されていたようですので、記事を参照しながら解説を加えさせていただこうと思います。

昔々の冬場の暖房は・・・スチーム

鉄道の暖房設備は、スチームによる暖房が一般的でしたが、このスチーム暖房ですが欠点としては、機関車の近くにある車両は暑いくらいになり、逆に後方に行けば行くほど暖房が効きにくくなると言う欠点がありました。
単純に、蒸気機関車からスチーム管を分岐させて客車に送るもので、徐々にスチーム開放していく方式で【高圧式】と呼ばれるました。
この方式ですと、機関車のすぐ近くの車両は高圧の蒸気がそのまま室内を暖めようとスチーム管の中を巡るため高温になりやすい反面、最後尾にいくと蒸気圧も温度も下がってしまって、殆ど室内を暖めるだけのエネルギーが残っていなくて、寒さで震えることになるのでした。

その後スチーム暖房は改良されて、大気圧式という方法が考案されました。
これは、客車の暖房を担うスチーム管と、機関車から引き通されるスチーム管を分離し、客車の暖房を担うスチーム管は一度暖かいスチームを受け入れると、スチームの温度が80度程度まで下がるまで、暖房管内を循環する仕組みとなっており、更に温度が下がると弁が開いて新しい熱いスチームを受け入れ、スチーム管の温度が80度~90度くらいになると再び弁が閉じて、スチームを循環させるというものでした。
客車暖房が電気による方法が検討された頃 前編_a0091267_23390057.png
この方式が、長らく国鉄では採用されていました。
ただし、改良されたとはいえ、蒸気圧の暖房は欠点がありました。

それは、
  • スチーム暖房の特性上すぐには暖まらないこと
  • 機関車からのさじ加減に委ねられるため、温度の調節等も難しい
  • 電気機関車は、冬期は暖房車と呼ばれるスチーム暖房の暖房車を連結していたため牽引トン数が制限される(EF56以降は機関車にSG【蒸気発生装置】を積んでいました)
など、問題も多くありました。
そこで、東北線の交流電化に際しては、電気暖房が検討されることになりました。

何故、交流電化ではSGを搭載するか否かが大きな課題となったのでしょうか?
実際、同じく交流電化でも九州地区は、SGが搭載されましたし、東北地区よりも更に寒冷な北海道でもスチーム暖房が踏襲されました。
ということで、寒冷地だから電気暖房を採用した・・・と言う理由ではなさそうです。
九州の場合は、本州からの直通列車がスチーム暖房で九州までやってくる事がその主な理由であり、北海道の場合も電化区間は小樽~旭川【当時】と限定的であり、こちらも北海道内全体で見ればスチーム暖房とする方がより合理的と言うことからです。
交流電化の特徴として。粘着重量の増加が期待できる(交流制御では、抵抗器を使用しない関係で、空転が発生すると、モーターにかかる電圧が下がり、トルクが小さくなることで、再粘着が促進される)事が判明しました。
そこで、直流機では粘着力の低下を動輪の数を増やすことで対処【F級機では、横圧が厳しくなるのを承知で三軸にしていたのもそうした理由と思われます】していました。結果的には、同軸が増えても、先従輪などもあり、動軸上の軸重は比較的小さなものとなり、むしろSG装置などを積んで動軸上の軸重を増す必要があり、SG装置の搭載はむしろ粘着力を増やすための必要悪になっていました。
しかし、ここにきて、交流電化は粘着力が高い事が判明し、四軸で六軸の直流機関車並みの粘着力を期待できることが判明しました。
そうなってくれば、機関車は短い方が、経済的であることは自明の理であり、ここに新規で建設される東北本線にあっては、黒磯以降を電気式で行うことが検討されることとなりました。
その辺の事情を、再び国鉄部内紙、昭和33年11月号「交通技術」を参照してみたいと思います。
交流式の一大利点として粘着特性が極めて良いことが判明したからである。すなわち従来の直流式F電気機関車では粘着特性が芳しくないため軸数は始めから大型は6動軸を覚悟していわゆるEF型を制作したから、大体軸重も寧ろ不足気味であり、上述のSG装置・水・燃料などを積みこむことはさして苦痛で‘はなかったに拘わらず、交流電化となると、もはやその上にSG装置をのせるか否かは、4軸か6軸かの決定的な条件となって来るわけである。ここに到って従来直流電化ではどうやら切り抜けて来た蒸気暖房に対し、再び疑惑の限が向けられ、更に蒸気暖房の本質的欠陥も改めて指摘され、特に交流区間では再検討する余地が充分にあるので、差当り東北線の電化工事に関し、黒磯で直流を打切り、以北は青森まで全線また常磐線も大半は交流と決定する条件の一つとして具体的に調査することとなったのである

以上
そこで、国鉄では電気暖房方式を正式採用することとし、黒磯以北の東北本線と、常磐線には電気暖房方式を採用することにしました。
電気暖房方式の概要は、以下の通りです。
  • 架線2万Vを機関車のトランスで1,500Vに下げて列車に給電する
  • 客車では、更にトランスで200Vに下げて、室内暖房(電熱器)並びに湯沸器への給電を行うこととする
  • 常磐線にあっては、上野から直通で交直流機関車を投入するが、直流電化区間にあっては、上野~藤代間の直流区間は小容量のMGを機関車に設置して対応する
【東北本線も、EF58などはSGに変えてMGやインバータが搭載されることとなり、交流機関車同様に電暖表示灯が付けられました。】

当時の記事から電熱回路つなぎ図を引用させていただきます。
客車暖房が電気による方法が検討された頃 前編_a0091267_23325758.png
交通技術 昭和33年11月号

続く


# by blackcat_kat | 2019-09-25 23:39 | 客車
2019年 07月 21日

高速貨車ワキ10000のお話し

現在の貨物列車と言えば、コンテナ貨車主流で、スーパーレールカーゴに至っては、最高速度130km/hであり、東京~大阪間を6時間強で走るわけですが、昔の貨物と言えば、色々な種類の貨車を何両も繋いでノンビリ走る、そんなイメージでした。
時々、古くて比較的大きな駅などでは、ホームとホームの間が広く開いているところがありますが、あれは貨物列車が待避するための中線として使っていたことの名残であったりします。

高速貨車の計画されたのは何時?
さて、貨物列車の高速化は何時頃から始まったのは、昭和39年まで遡れます。

昭和30年代、高速道路はまだ開通しておらず、陸上貨物輸送は鉄道による独占状態でした、毎年滞貨が発生し、その解消が大きな社会問題ともなっていました。
日本は高度経済成長時代であり、鉄道輸送に対しても、より合理化された荷役方式や高速化が求められており、国鉄としても、「貨物輸送改善長期構想」を策定したそうで、昭和39年10月、「貨車近代化委員会」という委員会が設置され、中間報告として、最高時速100km/h以上の高速にで運転できる貨車並びにコンテナの開発という方向性が示されました。

高速貨車を考える上で考慮すべき事
走行安定性
  • 貨車は積空の差が大きく、旅客車であれば、空車重量との差は1.6倍程度であるが、貨車の場合は、3倍以上になるため、どちらに合わせるかという問題と、一般貨車の連結器中心レール面上からの高さは、基準が決められており。
    荷重に合わせるための適切なばね定数もしくは、ダンパーなどの併用が望まれるが、いずれにしても、下記の基準を守る必要がある。
    空車時 最低835mm 積車時 最低790mmと制限されているようです。
    試作された高速貨車ワキ10000は、空気バネにより積空に関わらず高さを一定にするようにしました。
ブレーキ装置
  • 自動車もそうですが、高速で走るよりも、確実に止まれることが重要視されます、特に鉄道の場合は非常ブレーキをかけてから600m以内に停止することが絶対条件とされています。
    貨車は、自動ブレーキの場合が多く、先頭から徐々にブレーキがかかっていくため、空走距離が増えることになります、高速貨車といえどもその面を検討する必要があるとされており、実際には高速系貨車のみで組成した場合は100km/h、ただし、一般貨車に混結された場合は、85km/hに制限されることとなりました。
    また、空走距離を減らすため、電磁弁方式によりほぼ全車で同時にブレーキ(CLE 方式)がかかるように計画されており、電磁弁のジャンパ並びに直通管が設置されていました。【機関車や貨車などで、白いコックの付いた穂ブレーキホースが直通管【別名MR管】と呼ばれました。
合理的に考えられたブレーキ管と連結器を一緒に繋ぐ特殊な連結器

連結器は、一般貨車に使われる自動連結器では無く、気動車などに使われる密着連結器が使われ、さらに、上下にブレーキ管をが装着されており、連結すると同時にこれら空気管も接続されるようになっていました。
高速貨車ワキ10000のお話し_a0091267_23050947.jpg

試作されたワキ10000形式

ワキ10000形式は、最高速度110km/h運転が可能な貨車として、昭和39年度末に試作車が一両製造されました。
台車は、空気バネのTR93でしたが、比較のためにバネ式のTR94も試作され比較試用されることとなりました。
完成後は、長野工場で静荷重試験、打ち当て試験、鉄道技術研究所での試験台での走行試験などが行われたそうです。
余談ですが、試作車の引き戸は量産車のような無塗装のアルミドアでは無く、鋼製ドアで緑二号(湘南色の緑色)に塗装されていました。

高速貨車ワキ10000のお話し_a0091267_23054168.jpg
高速貨車ワキ10000のお話し_a0091267_23054255.jpg
高速貨車ワキ10000のお話し_a0091267_19593730.jpg
画像 wikipedia ワキ10000量産車

ちなみに、ワキ10000に試用された台車は下記のとおりです。
空気バネ TR93
高速貨車ワキ10000のお話し_a0091267_20021770.gif
コイルバネ TR94
高速貨車ワキ10000のお話し_a0091267_20022714.gif
台車の画像は
のサイトからお借りしました。
画像は、特記以外は、鉄道ピクトリアル 1965年6月号から引用(国鉄提供の写真)

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# by blackcat_kat | 2019-07-21 20:15 | 貨車
2019年 06月 15日

国鉄時代の気動車改良について

久々に投稿させていただきます。
今回は、国鉄時代(昭和57年)に、国鉄が保有する気動車の燃費改善対策として、気動車のエンジン改良工事が行われたとされています。
記録では、新型気動車の開発が進められているが、それとは別にキハ40系に搭載されているDMF15HS系エンジンを直噴化改造+電子ガバナ方式に改造して18%の燃費が改善されたと言う記録が書かれています。

はじめに
国鉄形の気動車エンジンは、DMH17形が代表されるエンジンでしたが、これらは予燃焼室付きと呼ばれるエンジンでした。
シリンダの上方に小さな予燃焼室というものを設けて、そこで燃料を噴射して小さな爆発を起こして、そのまま下のピストンに伝える方式でした。
下図参照(図1)

国鉄時代の気動車改良について_a0091267_12185271.jpg
図1
鉄道車両特論 交友社 第4章 内燃動力車から引用

低温時など始動性が悪かったディーゼルエンジン
日本船用機関学会誌 「ディーゼル機関の始動性に及ぼす予燃焼室の影響」という論文では、予燃焼室の問題点として下記のように指摘されています。
2)予燃焼室式と直接噴射式との燃焼室を比較した場合、予燃焼室式の場合は燃焼室表面積/行程容積がほぼ予燃焼室の分だけ大きくなり、前項同様、圧縮温度を低下させる原因となる.したがって、一般には、圧縮比を高くとることにより、始動性を改善せざるをえない.
と書かれていますが、鉄道車両エンジンも同じで、低温時の始動性が悪くなり、最悪エンジンが起動する前にバッテリーが上がってしまうとして、て寒冷地では夜間滞泊の気動車は仕業終了後もアイドリングをさせておいて、エンジンが冷えて動かなくなること避けていました。
知らない人から見れば、国鉄は赤字なのに夜間もエンジンを回して怪しからんとなったのでしょうね。
国鉄時代の気動車改良について_a0091267_12234485.jpg
さて、国鉄ではデイーゼル機関の改良を図ることとなり、昭和57年に、「ディーゼル車における省エネルギー」と題して、交通技術という雑誌にキハ40で使用されているエンジンを改造して、直噴化したエンジンに改良したという記事が有りましたので簡単に解説などを加えながらお話をさせていただこうと思います。

DMF15Hエンジンの直噴化改造、その背景

記事の引用元は、国鉄の部内誌交通技術の1982年8月号です、ここで新急行気動車用機関として試作を進めているDMF15HZBと有りますが、このエンジンは、コマツが開発した建設・産業機械用の高速エンジンSA6D140エンジンを鉄道車両用に横型化したもののようで、国鉄の財政悪化などの影響もあり、国鉄時代には採用されず、最初に採用されたのは1992年で、JR北海道キハ150形気動車に初めて搭載されたとされています。
国鉄時代の気動車改良について_a0091267_12260649.jpg

キハ150-0番台 画像wikipedia

昭和57年当時の車両の省エネルギー施策は下記のように、エンジンの効率化、車両負荷の低減、廃エネルギーの活用等が研究されていたようです。
国鉄時代の気動車改良について_a0091267_12290793.jpg
図2
交通技術1982年8月号から引用

エンジンを直噴化することで、燃費の向上(予燃焼室式機関と比較して約10%燃料消費率(1時間・1馬力あたりの燃料消費量)が良くなります。)として、国鉄の財政改善に役立つとされていました。

直噴化エンジンは、寒冷時の始動性は良くなりますが、爆発圧力が高くなり、振動・騒音が大きくなる欠点があったため、高速運転の車両などではふりとされていました。図1 (a)のタイプ
その後の技術開発で振動・騒音の低いものが開発され、大型自動車や小型漁船にも使用されるようになってきたとされています。

記事によりますと、
「高圧で燃焼室に直接燃料を噴射するとともに、吸気によるスワール(燃焼室内での空気の旋回流)を利用する必要がある。このため、ピストンヘッドを皿形に加工しこれを燃焼室として使用する。」

と書かれており、ピストンヘッドを改造して凹みを作り燃焼室代わりにしようという仕様であることが理解できます。
内燃機は専門ではないのでこれ以上の言及は避けますが、エンジンの排気の流れやバルブの位置などの違いにより燃焼室の形状も大きく変わる等と書かれています。
この辺は、また機会があれば調べて見たいと思いますが、もう少し時間がかかりそうです。

改造車では、燃費の改善を確認

キハ40型機動車を直噴化改造して試験が行われたとして
記事によりますと、下記のように書かれています。
少し長いですが、全文引用したいと思います。

( 2) 直噴機関による省エネルギー

i )燃料消費率の向上第1図に57年度技術課題で現車試験を計画中のキハ40系用直噴化改造機関DMF15HSA-DIの性能曲線を示す。図中EGは電子ガパナを示し、参考にDMF13S(キハ37などで採用されたエンジン)の性能を示す。ただし、技術課題での現車試験では電子ガパナと併用で検討を進めているため、電子ガパナによる制御を行った性能曲線となっている。このため燃料消費率は168g/PS・h(1600 rpm)となり、DMF 15H S Aの192g/PS・hより約12%向上しており、走行シミュレーションでは約18%の動力費の節減が確認されている(なお本文中での走行シミュレーションは平坦・直線・5 km ・3両連結・運転時分一定で行っている)。しかし、電子ガパナを使用せず、噴射時期の切換を現状の二段切換式で行えば、機関回転速度1200 rpm~1300 rpmで最高爆発圧力(Pmax)が高くなる。このため改造を燃焼システムのみに限定し、クランク軸をそのまま使用するDMF 15 H SA-D Iでは、電子ガパナを使用しなければ、燃料消費率は172g/PS・h(1600 rpm)程度となり、走行シミュレーションによる動力費の節減効果は12%程度となる。
国鉄時代の気動車改良について_a0091267_12395302.jpg
ということで、国鉄では電子ガバナとエンジンの直噴改造で18%の燃費が改善できるとしています。
国鉄時代の記録として知っていただければ幸いです。

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# by blackcat_kat | 2019-06-15 12:40 | 気動車
2019年 05月 25日

これからの車両を考える 旅客車編 【交通技術の記事から】

久々に更新させていただきます。
今回も交通技術という国鉄の部内向け雑誌〔昭和56年8月号〕から、「続・これからの車両を考える2」と言うタイトルで書かれた記事が有ります。
この記事を参照しながら、1981年当時の国鉄における旅客車の考え方を見ていただこうと思います。

旅客車の方向性について書かれています。キーワードは、軽量化と無塗装化
将来の客車及び貨車についての方向性などが言及されており、客車(ここで言う客車は、気動車や電車の客室を含むので正確には旅客車車体と言うべきでしょうか)については、10年程度で車両のアコモデーションを容易に変更できるような車体構造を目指すため研究したいとしています。

これまでの車両は、室内設備は固定化された構造であり、乗客のニーズにきめ細かく対応し難いきらいがあった。これは鉄道車両の寿命が長いことにも原因があり、例えば乗用車のように、寿命の短いものは時代に合わせてアコモデーションを変えることが可能である。したがって、今後の車両のうち、中・長距離旅行の目的で使われるものについては、室内のアコモデーションを容易に変えられる構造として、乗客のし好に合わせるとともに最近目覚ましい発達を示す各種内装材を、積極的に利用したいと考えている。
外板塗装の単色化もしくは無塗装化の推進
更には、外板塗装についても、特急以外は、単色化を進めたいとしています。
又、ステンレス車両等の導入を進めることとし、無塗装化を進めるとしています。
身延線の115系がワインレッドに白帯でデビューしたのは、下記の方針に沿うものでした。
これからの車両を考える 旅客車編 【交通技術の記事から】_a0091267_21230483.jpg
身延線115系 画像wikipedia

「識別等を目的とした帯およびマーク等は、塗装を避け、粘着テープ等により対処」
引き続き投入された、飯田線の119系も帯は粘着テープでしたが、いたずらで剥がされることが多く、静岡に転用されたときは、再び塗装に戻されてしまいました。
これからの車両を考える 旅客車編 【交通技術の記事から】_a0091267_21251990.jpg
するがシャトルに転用された事もある119系 画像wikipedia

当時の国鉄における将来的な塗装に関する考え方

  • 特急車両については、国鉄の顔でもあり、従来から定着している色、塗り分けを基調としたい。
  • 今後の新形式でイメージチェンジの必要なものについては、用途および地区を考慮し、シンプルな中にも斬新さを加えたい。(185系・新キハ183系・キハ185系etc)
  • 急行形および近郊形車両については、単色にすることにより、簡素化を図りたい。
  • アルミ合金およびステンレスによる構体車両は無塗装化を図りたい。
  • 識別等を目的とした帯およびマーク等は、塗装を避け、粘着テープ等により対処したい。

更に、今後の技術開発として、列車汚水の浄化対策として、新しい形の浄化装置を開発すると言う記事が有ります。
詳細は、次回にでもさせていただきますが、汚水のうち水分と固定分に分離し、水分は浄化殺菌した上で停車中に排水、固形分は車両基地に到着後抜き取って焼却する方法となっています。
なお、浄化設備については別途機会を設けてお話をさせていただきます。

更に記事では、寝台列車のあり方についても言及されており、二階建て個室B寝台の研究が行われていると書かれています。
この車両は、スハネ25-700番台として、昭和62年3月ダイヤ改正で、「あさかぜ」1・4号でデビューしたのはご存じのとおりです。
これからの車両を考える 旅客車編 【交通技術の記事から】_a0091267_21325220.jpg
スハネ25-700番台 画像wikipedia

1) 普通個室寝台車一一2階建個室寝台車ー
寝台列車は、航空機に対抗する手段として、発着時間帯が適切に選択できれば、将来とも鉄道輸送の有効性が発揮できる分野の一つであると思われ、輸送力と居住性の調和が図られた寝台車の開発が望まれる。一方、就寝時のプライパシーを確保することも要請されているので現在の個室A寝台とB寝台の中間的な機能を持った2階建の個室寝台の調査・検討を進めている(第1図)
これからの車両を考える 旅客車編 【交通技術の記事から】_a0091267_21311807.png
他にも、欧風客車の開発が示唆されており、これに伴い、東京と関西でほぼ同時期に欧風客車がデビューしましたが、こうした方向性がこの時期に既に定められていたことが伺えます。

これからの車両を考える 旅客車編 【交通技術の記事から】_a0091267_21352771.jpg
サロンカーなにわ旧塗装 wikipedia
2) 欧風客車一一サロンカ一
室内を畳敷とした和風客車は、日本人の生活様式が欧風化されつつあるとはいえ、畳に対する愛着の強さのためか、好評のうちに増備が進められている。一方、若者向けの団体旅行用車両として、サロンおよびコンパートメント客室をもった欧風客車の検討が進められている。サロンパス等、車内に豪華な雰囲気が求められている現状をみると、欧風客車は今後の旅客のニーズに応えうるものと恩われる。
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# by blackcat_kat | 2019-05-25 21:38 | 客車
2019年 05月 02日

これからの車両を考える 気動車編 【交通技術の記事から】

引き続き、これからの車両を考えるとい言うタイトルで、交通技術の記事から、本文を引用しながら解説を加えさせていただこうと思います。
国鉄では、エネルギーの高価格時代に入ったとして、省エネルギーを前面に出した内燃機関の製作などを強く意識するようになります。
ディーゼル車両のエネルギー効率は、電気車両と比較して、前提条件が同じなら、一般に言われているほどには、トータル効率としては現状でも悪くない
恐らく、電力の効率は70%程度と言われていますが、ここには、発電時のエネルギーコストが含まれておらず、液体式気動車の場合も純粋に液体変速機から取り出される出力を引き出したら、さほど変わらないのではないかという意味で言ってるかと思われます

これからの車両を考える 気動車編 【交通技術の記事から】_a0091267_22013941.jpg
デイーゼル車両に対する基本的な考え方
さらに、ディーゼル機関の直接噴射化や、燃料噴射装置の改良(電子ガバナ)の導入を上げており、さらなる省エネルギー性を求めるとしています。
以下に、本文から引用してみたいと思います。
1 今後のディーゼル車両の課題
今後のディーゼル車両の諜題として、気動車の接客設備の改善・適性化や乗り心地の向上も重要であるが、これらについては電車の項と重複するので割愛し、ディーゼル車両面有の技術開発を含む省エネルギーと省力化について紹介する。
1) 省エネルギー化を目指して(別表)エネルギーの高価格時代に入ってエネルギー効率の良否が、今後とも交通機関として生残れるかどうかの重要な決定要素となりつつある。ディーゼル車両のエネルギー効率は、電気車両と比較して、前提条件が同じなら、一般に言われているほどには、トータル効率としては現状でも悪くないが、さらに効率向上を目指して技術開発を進めていく必要がある。
ディーゼル機関の直接噴射化による省エネルギー化計画については、昭和58年度までに実用化したいと考えている。
燃料噴射時期の適性化による省エネルギー化は、燃焼改善によって燃費を向上させようというものであり、ハード的にはすでにDD14 (ロータリ一式除雪用DL) で、電子燃料制御装置を開発しており、これを応用し、来年度には耐久試験に入り、実用化に持っていきたい。
経済的にベイするならば、既在の車両へ改造工事による取付けも考える必要があろう。
とも書かれていますが、国鉄時代にキハ47で直噴化改造の試験が行われています。
これにつきましては、交通技術昭和57年8月号に「ディーゼル車における省エネルギー」というタイトルで以下のように記されています。
再び引用させていただこうと思います。
専門用語も多く難解なのですが、電子ガバナ+直噴式でかつ、新設計のエンジンでクランク角度などを適切にできる新設計ではかなりの低燃費化が期待できるとされています。
キハ37で採用されたDMF13Sが直噴式で登場したのはご存じのとおりです。
( 2) 直噴機関による省エネルギー

i )燃料消費率の向上
第1図に57年度技術課題で現車試験を計画中のキハ40系用直噴化改造機関DMF15HSA-DIの性能曲線を示す。図中EGは電子ガパナを示し、参考にDMF 13Sの性能を示す。ただし、技術課題での現車試験では電子ガパナと併用で検討を進めているため、電子ガパナによる制御を行った性能曲線となっている。このため燃料消費率は168g/PS・h(1600 rpm)となり、DMF 15HSAの192g/PS・hより約12%向上しており、走行シミュレーションでは約18%の動力費の節減が確認されている(なお本文中での走行シミュレーションは平坦・直線・5km・3両連結・運転時分一定で行っている)。しかし、電子ガパナを使用せず、噴射時期の切換を現状の二段切換式で行えば、機関回転速度1200rpm~1300rpmで最高爆発圧力(Pmax)が高くなる。このため改造を燃焼システムのみに限定し、クランク軸をそのまま使用するDMF15HSA-DIでは、電子ガパナを使用しなければ、燃料消費率は172g/PS・h(1600rpm)程度となり、走行シミュレーションによる動力費の節減効果は12%程度となる。しかし、新設計機関を前提とすれば、クランク軸の新設計も可能であるので、直噴化による動力費の節減効果は14~15%と考えられる。
これからの車両を考える 気動車編 【交通技術の記事から】_a0091267_22261118.jpg
さて、堅い話はこの辺までとして、国鉄が当時考えていた気動車の形は、「新形式ディーゼル車両(急行用DC、大型DLなど)に適用していくとともに、車両の軽量化・小型化による省エネルギー化は、その車両の使用目的、運転条件によって大きく変わるので、一概に言えないが、今後は軽量ステンレス化、アルミ化の方向であり、輸送密度の低い線区での車両は、従来の20m車体にこだわることなく、小型化を指向すべき時期にきている。」
として、ステンレスや、アルミ車体の気動車誕生を予測している他、地方ローカル線では、小型化も考えられるとしています。これが、国鉄末期に投入された、キハ31やキハ32で具現化されたと言えそうですね。

下記のように記されています。
2 具体的な車両について
1) 新形式急行気動車(!ill]図)現在、急行用気動車は、キハ28・58など約1800両が稼動しているが、経年20年に達するものも現われ、老朽取替時期をこれから迎えようとしている。今後のディーゼル急行車両は、特急列車の走らない非電化支線区における優等列車用を中心として、相当両数のニーズが見込まれるので
  1. 省エネルギー化
  2. 省力化
  3. 製作コストの低減
  4. 台車走行性能向上
  5. アコモの近代化
のような基本的な考え方で開発していきたい。
として、下図のような
これからの車両を考える 気動車編 【交通技術の記事から】_a0091267_22365756.jpg
ステンレスの車体による急行用気動車で、エンジンは直噴式電子ガバナ方式が誕生するのではないかと書かれています。
その反面、ローカル線に関しては下記のように、思い切った変更を図りたいとしています。
2) 軽快気動車一般形気動車として、現在キハ40・47系が量産化されているが、より経営環境の厳しい線区に適した構造・性能を持つ、一般形気動車を検討している。今後とも引き続き国鉄が運営を行っていくローカル線用の気動車として、車両費の削減、運営経費の節減を目的としたものである。したがって、思い切った発想、たとえば、17m車長、小断面車体、廃車発生品の転活用、耐用年数の見直し、自動車用部品の活用など、現在、総合的に検討している段階である。鉄道車両としてのイメージ(たとえば2軸ボギー車であること)を最小限に残しながら、国鉄経営に資する車両を開発したいと考えている。
としており、こうした内容が凝縮される形で誕生したのが、キハ31であり、キハ32であると言えそうです。
これからの車両を考える 気動車編 【交通技術の記事から】_a0091267_22310753.jpg
JR九州に投入されたキハ31
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JR四国に投入されたキハ32

参考:併せてごらんください




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# by blackcat_kat | 2019-05-02 22:43 | 気動車
2019年 03月 23日

これからの車両を考える 電車編 【交通技術の記事から】第2話

本日も、国鉄時代に計画された将来の鉄道車両ということで、皆様にご覧いただこうと思います。
今回は、急行電車・近郊形電車に関するお話しとなります。
こうした計画がなされた後、国鉄の財政悪化に対して、より一層の緊縮財政を要請された国鉄は、当時余剰となっていた583系寝台車の近郊型改造など、当初の予定とは大きく異なる、様相を呈するのですが、それは、もう少し後の話です。

2) 急行形電車
国鉄本社の考え方はシンプルで、急行形・・・もう作りません、将来的に廃止する方向ですと明言しています。
昭和47年頃から特急の大衆化は一段と進み、それまでのLimited.exp.【特別な急行】という位置づけから、段々外れていきました。こうした背景には、国鉄自体の増収への意味合い【特に昭和50年以降は特急化が顕著に】が有ったと思いますし、実際に国民の可処分所得も増加して、より快適な特急で移動しようという特急選択思考が磁えてきたこともその背景に有るかと思われます。
実際、新幹線博多開業で誕生したキハ66・67は、車種としては近郊形の位置づけでしたが、ドア間転換クロスシート(正確には戸袋部分のみロングシート、誤解を招く表現であると指摘をいただいたので、追記 2020/7/30)で、塗装も当時の標準急行色で登場しており、優等列車【急行】の活躍を求めていたと思われ、急行列車に関しては転換クロス形を思考していくと考えられていたと思われます。
実際、185系電車は当初は、急行伊豆に使用されていた、急行形の153系を置換える目的で計画され増したが、運転局【営業サイド】の要望から特急化されることとなった事はよくご存じかと思います。
急行形電車としては、今後需要がなくなり、特急化あるいは快速化としての近郊形電車へとなる。
3) 近郊形電車
近郊形電車に関しては、ほぼこの予測通りで、113系と115系を一本化した・・・211系が誕生し、東海道本線と高崎・東北線が221系に投入されました。
界磁チョッパや201系のサイリスタチョッパ制御ではなく、国鉄と東洋電機製造により共同開発した添加励磁制御による電車が開発されたのはご存じのとおりです。
従来の抵抗制御社と同じ回路構成ですが、界磁チョッパ制御と同様回生制動を使えるということで、次世代近郊形車両(国鉄211系電車)向けとして開発されたようですが、製造のタイミングで通勤型電車の205系で最初に実用化されました。
私鉄等の競合線区などのため、117系電車があるが、アコモとしてはこのタイプのものも残る・・・と書かれていますが、実際に投入されたのは関西以外では、名古屋地区【須田氏が名鉄の管理局長時代に導入】した以外は他の路線にまで広がりませんでした。
なお、比較的輸送が独立していた九州では交流専用電車が試作車として713系が誕生、その後は財政悪化もあって、既存車両の改造から、717系近郊形が製造されたほか、583系改造の715系なども誕生した。
国鉄の赤字問題がここまで深刻になっていなければ713系が増備されていた可能性もあり、引用にあるように1M2Tのスタイルで活躍していたかも知れないですね。
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まず直流用であるが、直流の近郊形電車も初期のものがすでに老朽化しており、この取替用と省力化、省エネルギー化を図った新形式車が考えられる。この電車としては、省力化としてステンレス車体の無塗装化や、省エネルギー化としての回生プレーキ、ただし停止プレーキのチャンスは通勤形より少ないため、安価な界磁制御(界磁チョッパ)を採用したものとなろう。また、回生の抑速ブレーキを採用し、現在の113系と115系の一本化したものが考えられる。乗り心地向上のため、台車としては空気ばねを使用したものとなろう。一方、私鉄等の競合線区などのため、117系電車があるが、アコモとしてはこのタイプのものも残るが、これについても、省力化・省エネルギー化の施策が盛り込まれることとなろう。
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451系改造の717系電車

 交流用としては、現在711系電車があるが、今後は、九州島内や仙台地区など、交流専用の近郊形電車が考えられる。この電車としては、直流同様、省力化施策が採られると同時に、交流回生ブレーキの採用やパワーアップと性能向上により、25‰区間までは1M2T編成程度としたものが考えられる。
 交直流電車としては、電気システムは現状であろうが省力化のための各種施策が盛り込まれた新形電車となろう。
4)通勤形電車 
通勤形電車につきましては201系の増備が続くと予測されていますが、コストダウンを図ってもなお、パワーエレクトロニクスの価格が高いこともあり、国鉄としては前述のとおり添加励磁制御を開発し、回生ブレーキを実現して、省エネ化を図ると言うことで、205系が誕生しました。
205系以降は、VVVFに移行し、面倒なブラシの保守から解放されました。
ただ、車体に関してはここでの予測のとおりステンレスもしくはアルミの車両が誕生して軽量化されたボルスタレス台車と愛まり、軽快感はありました。
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201系の後継として誕生した205系
 201系電車がここ当分の間。主として製作されることとなろう。ただし、車体のステンレス化やアルミ合金化など省力化や軽量化されたものとなろう。
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103系1000番台改造の105系

5)ローカル用電車
最後にローカル線電車ですが、105系に関しては、末期は国鉄で余剰になった103系を改造した105系が誕生したほか、飯田線では105系をベースとしたセミクロス式の車両が誕生した他、四国電化では101系や103系の廃車発生品等をを流用した車両で、コストダウンとメンテナンスフリー化を目指した車両と言えます、
2016年から機器の更新が行われ、VVVF化の上7200系に改番されており、最後の国鉄形として引き続き活躍しそうです。
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JR四国で活躍した121系電車
 地方ローカルの宇部・小野田線および福塩線用として105系電車が誕生したが、まだ、このような線区用としての需要が考えられる。この場合、地方の実情に応じた多少の変更が必要である。たとえば、勾配線区用の抑速ブレーキをもうたもの。あるいは客室般伽をセミクロスとしたもの、2ドアとしたもの、ステヅプ付としたもの等々があり、また、これらを適宜組み合わせたものが考えられる。そして、地方実情にマッチし、さらにコストパフォーマンスの高いことが必要である。
以後、デイーゼルカー編に続きます。

# by blackcat_kat | 2019-03-23 14:40 | 電車