鉄道ジャーナリスト blackcatの鉄道技術昔話

blackcatk.exblog.jp
ブログトップ

タグ:電車 ( 2 ) タグの人気記事


2017年 05月 20日

ワンハンドルマスコンのお話 手前?それとも押し込むの?

久々に投稿させていただこうと思います。
電車では最近、ワンハンドルマスコンも増えています。
画像は阪急の9300系ですが、このワンハンドルマスコンを本格的に採用したのは1969年に誕生した東急8000系電車が最初と言えそうです。
a0091267_11075309.jpg
撮影 blackcat

このワンハンドル式の歴史は古く、1930年代には既に開発され、遅くとも1940年後半までにはニューヨーク、シカゴ、ボストン市などの地下鉄および高架鉄道等で、ワンハンドルが採用(現在の横型とは異なり縦形だったそうです。

ワンハンドル式は日本だけでなく国外でも採用されているのですが、ヨーロッパやアメリカではその操作方法に相違があるそうです。

それは、ブレーキをかけるときに馬の手綱を引く要領で手前に引くのか、それとも現在日本で採用されているように、前のめりに押すのかということです。
a0091267_11075364.jpg
画像 Wikipwdia

日本でも東急が8000系に採用する際にはその辺で賛否両論あったそうで、当時の運輸省の見解としてはどちらでもよいが一度決たらめ安全面の問題であるから変えてはならないと言われたそうで、最終的には手前で力行(加速)押すと減速(最大まで押し込むと非常ブレーキ)がかかる仕組みに決定されました。
これはワンハンドル式に限らず、横軸式の制御装置では統一された方式となっています。
a0091267_11075387.jpg
画像 Wikipwdia

なお、ワンハンドル式ではありませんが、横軸式としては昭和41年に試作されたキハ90が最初であり、右側がブレーキ、左側がマスコンとなっており、当時は国鉄の研究所の一つであった鉄道労働科学研究所にて研究が進められており、人間工学的観点から失神した場合などは前のめりになることからブレーキレバーを前に倒すようにしておくことが提言されたようで、キハ91、キハ181、その後試作されたクモハ591も同様の運転台でした、量産型の381系では従来の方式に変更になりましたが。)
a0091267_11145175.jpg
画像 Wilkipedia キハ181系運転台

逆に、馬車鉄道から発展したヨーロッパ等の鉄道では、ワンハンドル式のマスコンは手前に引いてブレーキ、押して加速が一般的であり日本と全く異なっています。

近年はJRで廃車になった車両が発展途上国等に譲渡される場合が多いのですが、ここで電車の制御方式が異なる。(真逆)ということで、戸惑が有ったようです。
ただ、譲渡先のインドネシアでも日本式の方が理にかなっていると言われているそうです。

[PR]

by blackcat_kat | 2017-05-20 11:19 | 電車
2017年 04月 05日

国鉄時代に開発された新幹線自動分割・併合システム

みなさんこんばんは、久しぶりに投稿させていただこうと思います。
山形新幹線「つばさ」や秋田新幹線「こまち」を連結するためにE5系とE6系が連結して運転されることは当たり前の風景になりましたが、この技術は国鉄時代に開発されたもので、昭和60年から研究されていたようです。
a0091267_21485180.jpg
東京駅にて

元々、この技術は山陽新幹線の段落ち輸送に対応するためのもので16両で運転しても博多まで同じ編成では輸送力過剰になってしまいます。
そうかといって、本数で調整するとレダイヤに柔軟性が取れなくなるため、8+8で東京を出発し、新大阪等で分割することを前提で考えられたのがこのシステムです。

下図を見ていた概要を当時に鉄総ジャーナルの記事を参照しながら簡単に記してみますと。
1)列車の連結は一旦停止を行わず連結させることとすると書かれていますが、これは走行中に連結するわけではありません、連結までに何度も停止と進行を繰り返す在来線のような方式ではなく、機械ということです。
2)停車中の車両に後方から連結する速度は1㎞/h以下とする。
a0091267_21401638.png
鉄道技術 昭和60年7月号から引用
3)分割併合で電気連結器も含む連結器と光前頭カバーの自動開閉装置の開発(実際には連結器部分だけの開閉装置となりました、)
a0091267_21414858.jpg
鉄道ジャーナル RAILWAY TOPICSの記事から引用

4)それと関連してATCの改修(駅への進入などでかなり長い距離から減速を伴っていたのでこれを少しでも解消するようにパターンを改修する、)
a0091267_21343909.png
鉄道技術 昭和61年7月号から引用

と言った点も同時に開発されることとなりました。

この開発は昭和62年の分割民営化までに間に合わせることが出来て、実際にJR西でも2編成を連結して多客時などに走ったそうですが、途中駅での分割・併合は無かったようにきおくしています。

これは、JR東海が定員の異なる車両を導入することを嫌ったことも原因ではないかと思っています。
結局この自動連結装置の技術は、JR東日本が自社の新幹線での分割併合のシステムの中に取り込んで現在に至っています。
当時の鉄道御ピクトリアルの資料などを見ると、0系で貫通ドアを新たに設置させたり、ユニークなアイデァが書かれています。

a0091267_21440024.jpg
鉄道ジャーナル RAILWAY TOPICSの記事から引用

鉄道・飛行機歴史



[PR]

by blackcat_kat | 2017-04-05 21:49 | 電車