鉄道ジャーナリスト blackcatの鉄道技術昔話

blackcatk.exblog.jp
ブログトップ

タグ:足周り・ブレーキ ( 13 ) タグの人気記事


2017年 11月 01日

EF66形機関車について 第8話 最終回

JR貨物とJR西日本車で装備が異なることに

分割民営化により、貨物機関車が共用で客車列車を牽引することが原則として無くなった結果JR貨物と西日本では機関車が独自の進化を遂げたことは昨日お話した通りです。
コキ10000系(ワキ10000・レサ10000を含む)貨車が老朽化で廃止されたこともあり、直通管を連結器で直接つないでいた貨車も無くなり、JR貨物。JR西日本とも機関車側の配管を撤去してしまいました。
現在大宮の鉄道博物館で保存されているEF66-11は、原形に近づけるために当時の直通管付きの配管を復活させています。

ただし、100系貨車では引続き元空気溜管が必要だったようで、JR貨物では助士席側に元空気溜管が整備されるようになりました。
JR貨物のEF66は、電気連結器を持たない代わりに、元空気溜管(コックの頭が白く塗装) されたものが増設されているのがとくちょうとなっています。
a0091267_21420197.jpg
廃車など

JR貨物の機関車も0番台を中心に廃車が進んでいますが、JR 西日本に引き継がれたEF66は、ブルートレイン牽引という華々しい活躍を続けることになるのですが、ブルートレインの廃止を受けて比較的早い時期に淘汰された車両もありました。
そのうちの1両が、40号機。95年に老朽化により廃車されていますが、2次製作車両でありJR貨物が現役の頃に早々と廃車されています。
もう一つは、最終増備の55号機でした。
JR 西日本でも、もっとも状態の良い機関車として重宝されていましたが、92年に山陽線で発生したトレーラーとの衝突事故で車体を大きく損傷。その後奇跡的に復活を果たしましたが、高速運転時に原因不明の蛇行動が発生するなどの問題が生じて、97年にはこちらも廃車されています。
なお、ブルートレイン廃止の影響で、以下の4両が JR 西日本から JR 貨物に売却・編入されています。
EF66-54売却時期また調べておきます。<(_ _)>

a0091267_20035521.jpg
JR西日本に残った最後の2両は
a0091267_20231750.jpg
画像 wikipedia より引用

JR西日本に残った最後の2両は
最終的には1エンド側を嵯峨野観光鉄道に、2エンド側のうちEF6645号機は、埼玉県の眼科医院で展示、EF66-49は、奈良県木津市にある、パン・オ・セグールに保存されています。

パン屋さんの方は実際に搬入に立ち会ったことがあるのですが,1cmの隙間が入らなくてJRロジスティクさんが苦労されていたのを覚えています。








[PR]

by blackcat_kat | 2017-11-01 20:25 | 電気機関車
2017年 10月 31日

EF66形機関車について 第7話

国鉄分割民営化と EF66

分割民営化で、国鉄は旅客会社と貨物会社を分離されました。
旅客会社は6社に分割することで地域性を持たせた反面、貨物会社は全国一律の組織として運用されることとなり、機関車の運用も大幅に変更されることとなりました。

昭和61年(1986年)11月1日付で、将来の旅客会社と貨物会社に分離のための措置が講じられ、EF66の一部(EF66 17~20・28・30~39・901)が下関から吹田に移管されました。
なお、下関に残った EF66形2次型の40~55号機は、引続き下関配置となり JR 西日本に継承されました。
これは、2次車が編成増圧装置付きの機関車であったことも一因だと思われます。

JR 発足後は、JR西日本広島支社下関運転所の配置とされ、(平成7年10月1日の組織改正で、下関鉄道部下関車両管理室)ました。

JR 西日本による改造

ブルートレインの魅力を高めるために、JR西日本では、平成元年に下関止まりの特急「あさかぜ3号・2号に12系改造の ロビーカー(スハ25)を連結しました、この車両は、カニ25以来のパンタグラフを持つ客車で、サービス電源を確保するためSIV(サイリスタインバータ)が床下に装備された車両で、電源車の連結を不要にしたうえで、ロビーカーとシャワー室を設けた車両でした。

緊急時には、電気機関車側(EF66)から、パンタグラフを降下させるためのスイッチがあり、制御用の電気連結器(赤丸部分)が設けられました。しかし、2005年に「あさかぜ(下関行き)」廃止の際に、スハ25も連結を中止したため、その後は連結器が使われることはありませんでした。
a0091267_21402306.jpg
ちなみに、JR 西日本の EF66全車及び JR 東日本田端区の一部の EF65(瀬戸牽引) の車両にこの装置が取り付けられました。

JR 貨物に使われる EF66は、電気連結器を持たない代わりに、元空気溜管(コックの頭が白く塗装) されたものが増設されています。
a0091267_21420197.jpg
画像はいずれも、wikipedia参照しています。



[PR]

by blackcat_kat | 2017-10-31 21:43 | 電気機関車
2017年 10月 30日

EF66形機関車について 第6話

EF66のブルトレ牽引まで

本来は、貨物用として計画された機関車でしたが、鼻筋の通ったそのスタイルから、鉄道ファンの間でも常に人気は高く、昭和44年に、ブルーリボン賞を受賞しています。
当時から、ブルートレインを牽引して欲しいという要望は強くありましたが、国鉄当局としては EF66という機関車は、あくまでも、1000tの貨物を100km/h 以上で走行させるための機関車であり、たかだか500t 程度の客車を引っ張らせるのは荷が軽すぎること、さらにコンテナ輸送は順調に増えており、そのための機関車を確保する必要があることから、「実現は不可能」と言われていました。
a0091267_21024537.jpg
EF65PF 昭和60年の改正まで活躍したEF65

しかし、昭和60年10月の改正でブルトレを EF66が牽引することになりました。

昭和59年2月の大幅な貨物輸送の大改正(ヤードを経由する貨物輸送を全廃し、コンテナ中心の輸送に切り替えた)により機関車が大幅に余剰となったことと、旅客輸送のサービスアップの一環として、特急「はやぶさ」にロビーカーを組み込んだことで、編成重量が増加、EF65形では牽引力が不足して当初の速度(特通C2)を出せなくなった。
という、二つの偶然が重なったのです。
この改正で、九州行寝台特急を一手に引き受けてきた東京機関区はその任を解かれ、九州行寝台特急の牽引は下関に移管となりました。
なお、任を解かれたEF65(PF)形は貨物運用に回されることになりました。
a0091267_21045735.jpg
EF66がけん引するブルトレ

ここにファンが夢見たEF66による特急牽引が実現したのでした。
国鉄からJRに移行するこの時期、国鉄にとっても一番華やかな時期であったと言えるかもしれません。

画像はいずれも、Wikipediaから引用させていただきました。

[PR]

by blackcat_kat | 2017-10-30 21:06 | 電気機関車
2017年 10月 29日

EF66形機関車について 第5話

EF90の試験成果と量産車の登場

EF90は、昭和41年9月の落成以降、10月から年内いっぱいは種々の試験に供された後、EF65重連と一緒に特急貨物の運用に充当され、運用試験が続けられました。
a0091267_11075255.jpg
9月6日の落成、その後の展示会を経てからは本格的な試験が続けられたことが判ります。
a0091267_08532938.jpg
画像 wikipedia
EF66 1~20(第1次量産車)
私見の成果を踏まえ、昭和43年7月から第1次量産車が製造されました。
外観上に大きな変更点はなく、窓の中央部のサッシが少し細くなった他、乗務員室側 窓が2分割だったものが1枚物になったほかは、大きな 外観の変更はありませんでした。
これにより、EF65型重連運転による特急貨物はその任を解かれ、一般貨物専用としての運用に戻ることとなりました。

EF66 21~55(第2次量産車)
a0091267_11174716.jpg
大宮鉄博に保存されている、EF6611(1次車)
庇無しの姿

貨物輸送は、車扱い輸送(一般貨物輸送)は横ばいもしくは減少傾向でしたが、コンテナ輸送は、その定時制と簡便さから需要は右肩上がりで増え続け、昭和48 年10月のダイヤ改正においても増発が計画されました、ただし、従来の貨車コキ10000系は製造コストが高いこともあり、新たに電磁弁を使わずに最高速度も95km/h に抑えた、廉価な特急貨物列車、国鉄部内では「特急貨物 B と呼称」を設定することにしました。
これは、寝台急行列車と同じ最高速度となることから、平行ダイヤを組める(寝台急行列車と同じ速度で走れることを意味する。)こととなり、 これに充当すべく第1陣として11両が計画されました。
実際には、EF65でも対応可能だったのですが、特急貨物 A(従来の高速貨物列車)を牽引できるのはEF66しかないことから、運用の合理化を図る意味からも調度良かったと言われています。
2次車の特徴は、保守の合理化と機関助手廃止に伴う機器類の整備が大きな変更 点でした。
a0091267_21084134.jpg
京都鉄道博物館にてEF66 35

外観上の特徴としては、運転台前頭部に庇が設けられたこと、そのスタイルを大きくかえることとなりました。
なお、この庇は、その後追加工事で EF66901(EF90)を除く全車両が改造されたようですが、実際には EF6611のように、庇なしの車両も見受けられます。この庇(ひさし)については、ファンに間でも賛否両論がありますが、これがあるこ とでEF66らしさを出しているとも言えます、この庇は飾りではなく、パンタグラフに塗布された潤滑材の油がガラスに付着するのを防止するためのものです。さて外観からはわかりませんが、運転席を中心に大幅に変更がされました。

以下列挙します。
(鉄道ファン51年9月から抜粋)
運転台関係
  1. 乗務員の環境改善のため扇風機が設けられました。これにともない、前面飾り帯の中にあった外気取り入れ口が廃止されました。
  2. 運転台の計器類を一人乗務に適するように NFB(ノンヒューズブレーカ)を中心に出来る限り機関士席に集約しました。
  3. 乗務員無線設置
  4. EB・TE 装置を設置
  5. 乗務員無線導入に伴い、連絡用電話機を撤去
  6. マスコン脇にスイッチ(端子)箱を設置しました。
  7. ブレーキ増圧回路を客貨同様(編成増圧回路付き)に変更
  8. 熱線入り前面ガラスの導入(従来は温風式)しました。
  9. ワイパーの強化(高速化でワイパーブレードが浮き上がる現象がおこることが判明したため、バネを強化するなどの対策を施すこととしました。
  10. 運転台の表示灯を航空機用のユニットタイプに変更しました。
その他
  1. 空気ばねの形状変更
    異物介在により空気ばねがパンクすることがあったので、保安度の向上を図りこ とを目的として、前後の台車の空気ばねを3山→1山のダイヤフラム式に変更
  2. 難燃化対策
    昭和47年の北陸トンネルでの火災事故に鑑み、A-A 基準に準じた難燃化対策を実施
  3. その他
    機関車前面の手すり棒の位置変更及び階段の改良

補機類

  1. MG の出力向上(5kVA→90kVA)
  2. CP の2台搭載化、MG を最大2台同時に運転することで、緊急時の対応を強化した他、常に交互に動かすことで部品の摩耗を防ぎ長寿命化を図りました。
  3. MG、送風機のモーターをエレベーター等に使われる、三相誘導電動機に変更 しました。これによりブラシの保守が不要となり、メンテナンスフリー化と保安度の向上が図られました。



[PR]

by blackcat_kat | 2017-10-29 11:40 | 電気機関車
2017年 10月 28日

EF66形機関車について 第4話

試作車EF90の誕生

試作車EF90は、昭和41年9月に川崎重工で製作され、吹田第二機関区(第一は蒸気機関車)に配置されました。
a0091267_21303875.jpg
EF90 試作車

機関車の特徴(共通関係)

EF90(66)形の特徴は、あの独特のマスクと言えるでしょう、もちろんデザイン優先で作ったわけでな
く、高速貨物輸送を行うことから見通しの確保及び衝突時の安全等の機能を追求する中で創出されたデザインです、いまだ工業デザインという言葉もあまり聞かれなかった時期、中央部を突出させた独特の形は、強い印象を内外に与えたことは間違いありません。
EF66はデザインの他基本性能も優れていたため、JR 貨物発足後の機関車不足を補うため、EF66-100番代が前頭部のデザインを変更の上製造されています。
a0091267_21320172.jpg
(EF66 100番代 画像 wikipedia)

EF66形は、国鉄時代の機関車としては、唯一「鉄道友の会」ブルーリボン賞を受賞しています。
以下簡単に特徴を箇条書きをします。

走行関係
  1. 定格出力は1モーター 660kw 総出力 3960kwは当時世界最大
  2. 機関車として初めて空気ばねを採用
  3. クイル式を改良した、中空軸可撓(カトウ)駆動方式と呼ばれる、方 式を採用
    (バネ下重量を軽減すことで軌道への影響を軽減するとともに、高速走行時の安定性確保するため)
車体関係
  1. 110km/h の高速運転を考慮し、運転台を高くすると共に屋根は突起のない平屋根とし騒音の防止を図った。
  2. パンタグラフは、非常空気溜を使って車内からアップできるようにした。(従来はディスコン棒と呼ばれる、絶縁された棒でパンタグラフを 上げていた。EF90もディスコン棒を使用)
  3. 高速貨物用の装備として、ブレーキ率制御装置(機関車単体に効く、) を設けた。
  4. 高速貨物以外を牽引する場合は、連結器横のコックにより、密着連結器に設けられた、元空気溜管を締め切るようにした(これにより、高速貨車以外の貨車を連結すると最高速度は85km/hに制限される。)
運転関係
  1. 自動進段制御を採用しカム軸が小さく、電車並みに。(EF66の特徴の一つ)
  2. 歯数比 20:71=1:3.55
  3. 引張力 19590kg(約192.08kN)
  4. 最高速度 110km/h
  5. 均衡速度 72.2km/h(85%界磁)
  6. 運転整備重量 100.80t
  7. 運転台の表示灯に、初めてピクトグラムが採用され、直感的に操作ができるようになった。

続く


[PR]

by blackcat_kat | 2017-10-28 21:32 | 電気機関車
2017年 10月 27日

EF66形機関車について 第3話

a0091267_05380147.jpg
暫定的措置として

機関車としては、完全に新設計となるため、41年の特急貨物には間に合わないことから先にも記しましたが、前年から製造を開
始していた EF65形機関車を重連で使用することとしました。
具体的には、下記の装備を取り付けることにしました。
高速貨物用貨車牽引用の設備として
  1. 重連総括制御機能
  2. 空気管付き密着自動連結器
  3. 連結器の自動復心装置
  4. 編成増圧装置
  5. 電磁自動空気ブレーキへの指令機能
の装備を追加した、EF65-500番台(513 - 526・532 - 534) を製造するといことでした。
これにより、高速貨物輸送の体制は整いましたが、1000t 貨物にはこの重連運転は、逆に過剰出力となり、貨物編成長の問題や、変電所ピーク電流の増加(5000A)に伴う、電圧降下などの問題が指摘され。重連運用は東海道線全線と山陽本線姫路以東に限定されました。
(それ以外の区間では、EF65単機とし600t牽引)


[PR]

by blackcat_kat | 2017-10-27 05:39 | 電気機関車
2017年 10月 26日

EF66形機関車について 第2話

昨日に引続き、機関車登場の背景について語らせていただきます。
なお、EF66は、京都鉄道博物館に保存されている他、大宮の鉄道博物館にも保存されています。

EF66と言いますか、最高速度100km/hで走行できる貨車が誕生するまでは、85㎞/hが最高で、2軸貨車は75㎞/hにその速度が制限されており、高速道路の延伸などを考えると貨物列車の改善は急務と言えました。
博多港から大阪市場まで21時間30分は恐らくヤード系輸送による弊害だと思われますが、今から考えると時間がかかりすぎですよね。

表1 和41年当時の貨物列の速度

列車

現状

高速貨物

短縮時間

下り

汐留~長崎

44:15

28:45

15:30

汐留~博多港

33

20

13

笹島~香椎

25:45

16

9:45

梅田~熊本

14

13

1

列車

現在

高速貨物

短縮時間

上り

長崎~汐留

31

26:30

4:30

香椎~汐留

32

21:30

10:30

香椎~笹島

22:45

16:45

6

香椎~梅田

15:15

13:15

2

博多港~大阪市場

21:30

12:30

9


さて、そんな中で開発された高速専用貨車ワキ10000、レサ10000、コキ10000ですが、最高1000t の貨物を最高100km/h で走行するための肝心の機関車がありませんでした。
そこで、暫定的措置として、すでに製造されていた EF65のうち17両を高速貨物用機関車として指定し、貨物輸送用の設備を付加することとしました。(後述)

さらに、新型機関車の製造方針として、現行の EF65形機関車が使っているモーターを使用すると8動軸(H 形)機関車にせざるを得ないことが分かりました。
a0091267_08463741.jpg
すでに国鉄には EH10形機関車がありましたが、線路有効長(機関車が短いほど貨物をたくさん繋げられるため)の面や、保守のことを考慮すると F 形機関車が好ましいので、新たな機関車を開発することになりました。
ただし、モーターを含め、新たに電気部品等を開発する必要にせまられたのでした。

試作車誕生
当初は、8動軸も検討された新型機関車ですが、昭和41年中に大出力モーター設計の目処がついたことから、改めて F 形電気機関車として設計する方針が決定され、直流機関車としては、初めて試作車が作られることになりました。
機関車の形式は、EF90(国鉄当時、試作車は90番代を当てることが規定されていました。)という形式が与えられ、落成後はすぐに吹田第二機関区に配置されてさまざまな試験に供されることになりました。
a0091267_08532938.jpg
画像 Wikipedia
この機関車のスタイルがほぼそのまま、EF66形に引き継がれるのですが、今でも古さを感じさせないスタイルです、44年前’(作成当時の基準で)に出現した当時は大変斬新に感じたものでした。

元々、EF66は貨物輸送専用の機関車として計画されたので旅客輸送用の設備は設けられていませんでしたが、JR 西日本に継承された機関車には、その後客車制御用の電気連結器(ジャンパー線)が付加されました。(後述)
なお、計画当時は狭軌で最大出力の機関車と言われまた、この機関車は重量でも最大級(最大は EF63)でした。

続く



[PR]

by blackcat_kat | 2017-10-26 08:59 | 電気機関車
2017年 10月 25日

EF66形機関車について 第1話

この記事は、小冊子として以前に頼まれて書いたものですが、日の目を見ることが無かったので改めてこちらでアップさせていただこうと思います。

EF66形機関車について


  1. はじめに
  2. 機関車登場の背景
  3. 試作車登場
  4. 暫定的措置として
  5. 試作車EF90の誕生
  6. 機関車の特徴(共通関係)
  7. 走行関係
  8. 車体関係
  9. 運転関係
  10. EF66 1~20(第1次量産車)
  11. EF66 21~55(第2次量産車)
  12. 運転台関係
  13. 補機類
  14. EF66 のブルトレ牽引まで
  15. 国鉄分割民営化と EF66
  16. JR 西日本による改造
  17. 廃車など
  18. 車両履歴
a0091267_21084134.jpg
はじめに

EF66 形機関車は、国鉄時代に製造された最大の機関車で、その秀逸なスタイルは約半世紀経た今も古さを感じさせません。
そんな非常に魅力的な、EF66 形電気機関車が保存展示されるにあたり、EF66 形電気機関車について、解説をしていきたいと思います。

機関車登場の背景

そもそも、EF66 形機関車がなぜ、製造されたのでしょうか。

それには、当時の鉄道輸送事情に注目する必要があります、戦後の復興とその後の経済成長により活発化していった人・物の動きは活発化していました。また、昭和37年に一部開通した高速道路は、本格的な自動車による高速輸送の到来を告げようとしていました。
実際、中距離輸送にあっては昭和39年をピークに貨物輸送は減少傾向に入ることが予測されていました。
それは、当時の貨物輸送がヤード系輸送と呼ばれる、途中駅での連結・解結を基準とした輸送方式であったことに加え、駅での荷役が発着駅と到着駅でも行われるため、時間も経費もかかることが問題とされていました。
さらに、ヤード系輸送の場合ある程度荷物が集約する必要があるため、到着日時が 明確でないという問題もありました。
しかし、昭和34年から運転を始めたコンテナ専用列車は好評で、途中で連結開放をしない直通輸送列車(以下「ヤードパス」と略す)こともあって、その輸送量は増加傾向にありました。
そこで、本格的な自動車による貨物輸送に対抗する目的で、さらなる大幅な時間短縮を目的とした、特急貨物列車が計画され、昭和40年に汎用の貨物車(ワキ1000)が試作され、良好な成績を収めたことから、昭和41年10月のダイヤ改正で特急貨物列車が計画され、運転が開始されました。
a0091267_21034213.jpg
この特急貨物列車は、ヤードパス列車としての特徴を生かし、鮮魚特急として、九州で水揚された魚介類を東京築地の市場に届けるべく鮮魚特急なるものが設定されました。特にこの列車には「とびうお」・「ぎんりん」といった名称もつけられており、その意気込みが分かります。ちなみに、東京築地着が「とびうお」、大阪市場向けが「ぎんりん」でした。

続く

[PR]

by blackcat_kat | 2017-10-25 21:13 | 電気機関車
2017年 08月 12日

DF50形電気式機関車の話

現在機関車を新規に製造し保有しているのは、JR貨物だけであり、ディーゼル機関車もDD51の老朽化のためDF200形が新規に製造されています。
DF200形は電気式と呼ばれる方式で、従来の液体式と比べると重い機関車で実質的な通貨トン数が増えてJR北海道にしてみれば線路破壊量がDD51よりも大きくなって保守費が増大していると言った話も聞いたことがあります。
さて、JR貨物が電気式を採用する背景として考えられるのは、機関車の部品共用化が大きいのかなと考えております。
今後本格的な人口減などを考慮していく必要がある中で鉄道会社が出した答えだと思います。
a0091267_07494979.jpg
さて、今回はDF200などの新型の電気式機関車の話ではなく、今から半世紀以上前に製造されたDF50形電気機関車のお話をさせていただこうと思います。
DF50形機関車誕生
DF50形機関車は、北陸本線に投入されたDD50形の改良版として計画され,、昭和32年に試作車が、その後非電化区間の無煙化のエースとして昭和38年までに138両が増備されました。
機関出力1060PS(MAN型(500番台)は1200PS)であり、機関車の出力としては決して大きなものではありませんでしたが、高速性能ではC57相当、牽引力ではD51相当と言われていました。
DF50形設計当時は、高出力の液体変速機が開発されていなかったため、電気式が採用されました。
ただ、最近のDF200形のようなVVVF方式ではなく、発電機で発電した電力をそのままモーターに流してしまうという方式であり、Wikipediaを参照しますと、「「差動界磁付励磁機式発電機」が用いられた。これによって、主電動機に負荷がかかって回路電流が増大すると、自動的に発電機の界磁が弱まり、発電電圧が低下して、定出力特性が得られた。
と書かれております、そこで「差動界磁」と何かを調べていきますと、参考になるサイトがありましたので、そこから少し引用させていただこうと思います。

このサイトの中で書かれている、頭を説明のために引用させていただきますと
a0091267_09380223.png
差動複巻直流電動機というのは、磁束(磁力の強さ)を打ち消しあうもので最近では殆ど使われない技術だそうです。
その原因としては、回転速度が不安定になりやすく,始動トルクも弱いからという理由だそうで、逆にいえば、自動的にそうなってくれる方が発電機側としては都合が良いということになるのかもしれません。
余談ですが、磁束が補完しあうように働く場合は「和動複巻」というそうです。

ということで、難しい説明はこの程度としておき、実際の運転ではDF50形機関車は、電車などでよく使われる弱め界磁が多用され、最高30%まで弱める(界磁とは直流モーターの場合外側の磁石と思えば理解しやすいでしょう。)ことが出来たそうで、定格速度17km/hでしたが、旅客車などでは90㎞/h近くまで出せたようです。
a0091267_10122678.png
今から考えれば、蒸気機関車よりも加速は早かったとはいえ、電車などと比べると緩慢な速度でありやはり時代を感じてしまいますね。
今回は、正直私自身も色々と改めて勉強したのですが、まだまだ勉強不足だなぁという思いを新たにしましたのでさらに精進を重ねていく所存でございます。
間違い等があればご指摘いただければ幸いです。



[PR]

by blackcat_kat | 2017-08-12 10:16 | ディゼル機関車
2017年 04月 29日

アンヒビアン・バス・・・世にも奇妙なバスのお話

JR北海道が開発を続けていたDMVですが、阿佐海岸鉄道で導入を進める計画があるとのことであり、これが実用化されればローカル線の在り方を変えることが出来るかもしれませんね。

a0091267_15541338.png
[実はこの方式は、昭和30年代(1960年代)に既にドイツで実用化されており、運転席側に台車を付けて後部車両は、タイヤが直接レールと接する方式だったそうで、DMVに限りなく近い車両であったそうです。」
a0091267_12473834.jpg
当時の記事 公益財団法人 交通協力会 鉄道技術昭和36年11月号から引用

この情報を受けて、日本でも同じようにローカル線輸送の切り札としてこの鉄・道両用バスが計画されました。
それがこちら、
a0091267_15540579.png
バスの両端に台車が乗っかる、不思議なスタイルです。
ジャッキでバスを持ち上げ、両端に台車を挟み込む方式と言われており、台車自体は路面電車並ので66cmの車輪を採用していました。
また、ステップを装備しており、ドアと連動してせり出したそうです。
特長としては、バスに余分な車輪等の死荷重を持たないことでした。
その反面、車をリフトで載せる手間や、ブレーキホースの装着などの余分な作業があるため、5分程度で切り替えできると計画では書かれていましたが本当に5分で行えたのか、いささか疑問です。
a0091267_12553969.jpg
出入り台付近にステップが設けられている様子が伺えます。
バスの前から出ているホースはブレーキ用ホースで、先頭台車の2軸目が動力台車となる。
以下の図を参照
a0091267_12553832.png
真ん中に突き出す軸が動力伝達用、バスのドライブシャフトと繋がるらしい。

a0091267_12553810.png
バスの車体はこのピンを通じて台車と連結される


計画では、ローカル線での運用を計画するとして23線程候補があったそうですが、実際には実用化されずに終わっています。
a0091267_12553929.png
車内はバスそのものとなっています。
a0091267_12553837.jpg
鉄道の場合左右いずれにもホームがあるため、バス用非常口も出入り台として使われることになっている。

以下に、当時の仕様書を基に書き出してみました。
a0091267_12553773.png
画像は、公益財団法人 交通協力会 電子図書館 国鉄線8月号から引用させていただきました。

こちらも併せてお読みくださいませ。 





[PR]

by blackcat_kat | 2017-04-29 13:13 | 気動車