鉄道ジャーナリスト blackcatの鉄道技術昔話

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2017年 02月 12日

12系+20系 混結時代?のお話

こんばんは、本日も20系客車のお話を少しだけさせていただこうと思います。
20系客車と言えば昭和33年に「特急あさかぜ」用としてデビュー、特急電車151系共々驚きの目をもって迎えられました。
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20系客車

20系客車はその後九州特急の充実とともに増備され、最終的に昭和45年まで製造が続けられましたが、1969年【昭和42年】には全国初の寝台・座席兼用特急電車581系が誕生し、その広いベッドと比較して52cmのベッドはさすがに見劣りがするということで1971年【昭和46年】既に量産が始まっていた12系客車をベースに寝台車が開発され14系寝台車として床下にエンジンを持つスハネフ14・中間車のオハネ14が誕生しました。
1972年【昭和47】年からは量産も始まりますが、
その翌1973年【昭和48年】には北陸トンネル火災事故の教訓から再び集中電源方式に戻され24系が製造されることとなりました。
なお、24系客車は581系電車の中・上段と同じ70cmの寝台幅となったことでサービスの向上が図られることとなりました。

そして、昭和51年には「特急つるぎ」が20系から24系25形【2段寝台】に置換えられることとなり、余剰となった20系はそのまま急行銀河の置換えに充当されることとなりました。

それまで、オロネ10・オハネ12等の旧形客車を使った編成から同じころに製造された車両とはいえ、特急客車が充当されることになったのです。
この時は、編成丸ごとでしたので、電源車に改造下以外はそのまま編成が充当されました。)
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その後も、「急行だいせん」等も編成単位で置き換えられ、特に「急行だいせん」では、ナロネ21の寝台を撤去してナハ21と言う新形式に改造した車両を誕生させましたが、当時の急行夜行列車の多くは座席が主体で寝台車は数両繋いでいるパターンの方が多く、こうした夜行急行列車を置き換えるため、12系客車と20系客車を混結させることとなりました。
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ただ、ここで問題が発生したのです。
それは、20系と12系客車ではジャンパー連結器などもさることながら、もっと大きな問題がありました。
それは、電圧の問題でした。
  1. 電源を受ける側の20系客車は3相600Vの交流電源、電源供給をする12系客車は3相440Vと電圧が違ったのです。
  2. 12系客車は自動ドアですが、20系客車はまさかの手動式でした。
    当時はボーイ(後の車掌補(乗客案内))が乗務しており、出発するとドアを手で閉めていたうえ、走行中は自動的にドアが施錠される(車のオートロックのような機能)ようになっていましたが、急行列車として使う場合は12系の座席車に合わせて20系側もドアの開閉を自動で行えるようにする必要がありました。
  3. 20系客車は800mmの車輪を採用しており、床面高さも12系とは異なっていたため貫通幌並びに渡り板も改造する必要が有ったと言われています。
  4. 公害問題もクローズアップされており、トイレのタンク取り付けなども併せて工事が行われました。
1)の問題に関しては、20系客車の床下に変圧器を取り付ける
2)に関しては自動ドア開閉装置を20系にも設置、ナハネフ20からも操作できるように改造
3)桟板の改造などが行う。
4) トイレにも、タンク等も取り付けたため重量がナ級=27.5t以上32.5t未満。で収まらず実際には35tちかくになったそうです。ただし、長く使う予定もなかったため、改形式にはせず、△マークを番号の前に付けて運用することとなりました。
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by blackcat_kat | 2017-02-12 15:11 | 客車
2017年 02月 01日

緩衝器のお話 (寝台車の乗り心地のお話)

今回は、緩衝器のお話をさせていただこうと思います。

客車の連結部を見ると連結器は目に入ってきますけれど、緩衝器と言うのはその後ろにあるものですから外観からは判り難いと思います。
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緩衝器と言うのは連結器の後ろに設けられる衝撃を緩和する装置で、車両相互の連結時や列車の発進(起動)、加速、減速、停止などの際に生じる、ショック(正負の加速度)を吸収して、衝撃による破損や不具合を防ぎ、乗り心地を良好に保つための装置ですあり連結器の間に設置されています。

20系寝台列車は、前位(下関方)側に油圧式、後位(東京方)側にゴム式の緩衝装置を設けることで衝撃を吸収出来る設計を採用しており、乗り心地は良かったと言われています。

それ以外の電車などでは、バネによる方式が開発されて使われて行ったようです

なお、参考に参照させていただいた写真等は、「日本製鋼所技報 No.66(2015.10)鉄道製品の歩みと将来展望」から引用させていただきました。
自動連結器の後ろにゴムなどによる緩衝装置を使っていましたが、昭和30年代には渦巻ばねを使った緩衝器も開発されたそうです。
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その後、昭和40年には、鉄道の輸送力増強に伴う編成成の長大化ならびに高速化が図られたことから、従来の渦巻きばね緩衝器では容量不足、更にはメンテナンス性の改善が考慮され始めたため、新しい国産形のゴム緩衝器が開発され。1965(昭和40)年に角型ゴムブロックによるゴム緩衝器が開発されたそうです。
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この緩衝器が、国鉄に採用されたことで、電車、機関車、気動車や貨車用と幅広く使用されたそうです。
それが、下図のシングル型緩衝器とよばれるもので、ゴム自体に圧力5t程度を加えた状態で押さえつけらた状
態になっています。
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ただし、この方式は、前後衝動をほとんど吸収・緩和できないため、乗り心地と言う面では大きく問題が残ることになりました。
20系ではその辺を配慮して油圧・ゴムと交互に緩衝器を並べることでその辺の問題を解決していたのですが、14系寝台車や24系寝台車では結果的には乗り心地が悪くなるという悪影響を与えることとなりました。
そこで、昭和55年には改良型の緩衝器が開発されました。
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(RD011形緩衝器)と呼ばれるタイプであり、従来の14系寝台や24系寝台のシングル形はこのタイプに改造されることになりました。
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構造的には、シングル形が常に一定の圧力(負圧)をかけられていたのに対して、ダブル形は両方から挟む形となっており負圧が0となっています、これにより引き出し方に問題があってもその差を吸収することが出来るようになりました。
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下記の図のように、合成された力により、前後衝動を吸収・緩和出来るようになったと言われています。

図表等は、日本製鋼所技報 No.66(2015.10)鉄道製品の歩みと将来展望のPDFから引用させていただきました。





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by blackcat_kat | 2017-02-01 00:06 | 客車