鉄道ジャーナリスト blackcatの鉄道技術昔話

blackcatk.exblog.jp
ブログトップ
2016年 06月 21日

幻に終わった151系電車、宮原配置計画 昭和36年10月鉄道ピクトリアルの記事から


昭和36年の改正「通称、サンロクトウ」と呼ばれた改正で、全国に特急網が誕生した画期的なダイヤ改正でもありました。
特急「白鳥」や「まつかぜ」「かもめ」といった気動車特急が誕生したのもこの改正でした。
特に前年の「はつかり」の失敗から80系気動車にあっては約1か月実際のダイヤで試運転が行われたといいます。
流石に往復1000kmを越える距離を走ってくると所々エンジンは不具合を出して停止してお、ガスケット割れによるオイル漏れ等を起こしたりということが多発したそうで連日その修理に追われたと言われています。

さて、そんな中で興味を持ったのは宮原区に151系を配置すると言う記事でした。
既にご存知の方も多いかと思いますが、特急こだまを含む151系はすべて東京田町に配置してあったことから何らかの理由で大阪まで151系電車が到着できなかった場合は宮原区の153系が臨時特急として向かうこととなり、国鉄としては100円引き(現在の価格であれば1000円程度)割引で対応したと記録されていますが、旅客サービス上、好ましいことではないことはもちろんです。

かなりの頻度であったようで、当初は153系の種別表示板は巻取り式ではなくアクリルの板をはめ込む方式だったそうですが、「特急」という表示も用意されていたそうですからかなりの頻度で走ったのではないでしょうか。
a0091267_13155856.jpg
この記事を見ますと、サービスアップのため本年度中(昭和36年度)にもう11両を作成して、これを大阪に配置するというものでした。

余談ですが、昭和39年に静岡で発生したクロ151とダンプカーの衝突事故ではその煽りを受けて、大阪〜宇野間の区間運転の列車として80系旧型国電が7両編成で急きょ運転されたと記録されています。


80系電車による代用運転


歴史にIFはないですが、仮にここで書かれているように、大阪に予備車配置が行われていたら、上記のような措置は無かったかもしれませんね。
[PR]

by blackcat_kat | 2016-06-21 21:08 | 電車


<< 旧型国電と冷房